ヒトの歯髄にある歯髄幹細胞が分泌するタンパク質群から2種類の新しい神経再生因子を、名古屋大学大学院医学系研究科の山本朗仁(やまもと あきひと)准教授と松原弘記(まつばら こうき)研究員らが見つけた。ラットの脊髄損傷部位に注入すると、下肢の運動機能が著しく改善した。脊髄損傷などの新しい治療につながる発見として注目される。名古屋大学の古川鋼一(ふるかわ こういち)教授、石黒直樹(いしぐろ なおき)教授、錫村明生(すずむら あきお)教授らとの共同研究で、2月11日付の米神経科学会誌The Journal of Neuroscience オンライン版に発表した。
脊髄損傷は損傷部より下位に重い機能障害をもたらす疾患で、有効な治療法がない。人工多能性幹細胞(iPS細胞)などの移植による再生医療の試みが期待されているが、移植細胞の生着率が低いなどの課題は多い。研究グループは「幹細胞移植に頼らずとも、この2種類の神経再生因子だけで効果が期待できる」とみて、将来の臨床試験も目指している。
血管や神経が通っている歯髄幹細胞が分泌するタンパク質から見つかった新しい神経再生因子はケモカインMCP-1とシアル酸認識レクチンSiglec-9の細胞外ドメイン。この2種類をラットの脊髄損傷部位に注入すると、下肢を動かせなかったラットが1カ月ほどで歩けるようになった。2因子は相乗的に作用し、組織再生型の免疫細胞のマクロファージを誘導し、神経損傷で起きていた炎症反応や神経細胞死を抑制して、脊髄の軸索再生を促す仕組みを突き止めた。
山本朗仁准教授は「2因子は生体の自己組織再生能力を引き出して、損傷後の脊髄機能を改善したと考えられる。ヒトの組織で見つかったタンパク質なので、製剤化すれば、治療に使える可能性はある。十分に準備して、臨床試験を実施したい。また、これらの因子は、自己組織への炎症が悪化するさまざまな難治性疾患の体内環境を一気に変える可能性をはらむので、ほかの難病の治療戦略のひとつにもなるだろう」と話している。