ロシアより愛をこめて

1982年6月2日、オーストラリア海軍の哨戒機P-3オライオンは、インド洋沖で活動するソ連海軍の船を発見した。近付くと、巨大な革靴のような、奇妙な物体を海から引き上げている光景が見えた。

オーストラリアではそれが何なのか判断できず、映像は米国の中央情報局(CIA)へと送られた。しかし彼らもまた首をかしげることになる。当時、米国はすでにソヴィエトのスペースシャトル開発計画-後にブラーンとして知られることになる機体-を察知していた。だが、この映像に映っている奇妙な機体は、とてもそのスペースシャトルには見えなかった。

そこでCIAは、ラングリー研究センターに調査を依頼した。そして映像を分析し、またその映像から風洞模型を作って試験にかけたところ、大気圏再突入直後の極超音速域から滑走路着陸前の亜音速域に至るまで安定して飛行できる、高い飛行特性を持つ宇宙機であることが判明した。その性能は、かつて自身らが研究していたHL-10よりも高いものであったという。もっとも大きな違いは、やはりその靴のような、機首が丸い機体形状であった。その一方で類似点も見つかっており、おそらくソヴィエト側がHL-10を参考にしたものとされた。

実のところその謎のシャトルは、BOR-4と呼ばれる機体であった。BOR-4は、もともとミコヤーン・グレヴィチ設計局が60年代から温め続けるも、ブラーンの開発が決定されたことで中止となった、MiG-105と呼ばれる機体を基にしている。

BOR-4はブラーンの耐熱タイルの試験機として秘密裏に飛行試験を行っていた。そしてそのうちの1機がオーストラリア海軍によって見つかり、米国の知るところとなってしまったのである。

着水後、回収を待つBOR-4 (C)NPO Molniya

海から引き上げられたBOR-4 (C)NPO Molniya

HL-20、そしてドリーム・チェイサーへ

その後、ブラーンは試験機が1回飛んだだけで計画は頓挫し、BOR-4もまた試験機以上の役割を与えられることはなかった。

一方NASAは1990年代に、国際宇宙ステーションからの緊急帰還用としてHL-20と呼ばれる宇宙船の開発をはじめた。番号こそHL-10の続きに見えるが、そこには明らかにBOR-4を分析した成果が盛り込まれていた。実際、他ならぬNASA自身が「HL-20のアイディアはBAR-4から来ている」と述べている。冷戦時代に米国に対抗して開発された機体の成果が、よりにもよって米国に利用されるというのはなんとも皮肉なものだ。

HL-20の模型 (C)NASA

HL-20の想像図 (C)NASA

しかし結局、HL-20の開発も中止され、いくつか造られたモックアップなどはラングリーの格納庫に保管されることになる。

だが2004年、宇宙機開発の新興企業だったスペース・デヴがこのHL-20を発見し、独自に調査を進めた。そして「この宇宙船は一度も飛んだことはないが、世界でもっとも多く試験と調査がなされた宇宙船のひとつである」(同社談)と判断され、同社でこの「遺産」を引き取り、独自に開発が続けられることになった。そして「ドリーム・チェイサー」という新しい名前も与えられた。

折りしも米国政府とNASAは、国際宇宙ステーションへの物資や宇宙飛行士の輸送を、民間企業が開発した宇宙船に外注する方針を立てており、スペース・デヴはこれにドリーム・チェイサーを売り込んだ。

ドリーム・チェイサー (C)Sierra Nevada Corporation

ドリーム・チェイサーの滑空飛行試験の様子 (C)Sierra Nevada Corporation

その第1段階の契約では採用されなかったものの、同社は開発を続けた。その後、2008年にスペース・デヴはシエラ・ネヴァダに買収される。

そして2010年からは新たに、有人宇宙船とそれを打ち上げるロケットの開発プログラムである商業有人宇宙船開発(CCDev)が始まり、シエラ・ネヴァダはドリーム・チェイサーを再び売り込んだ。その第1ラウンドでは実に40社を超える企業からの提案があったが、ドリーム・チェイサーは第3ラウンドまで生き残り、NASAからの資金提供の下で開発が続けられた。

2014年9月16日、NASAはCCiCAPの勝者であり、第4ラウンド目のCCtCAP計画への参加資格を得た企業を発表した。しかし選ばれたのは航空宇宙大手のボーイングと、新興のスペースXの2社であり、ドリーム・チェイサーの夢は再び潰えた。

夢のつづき

シエラ・ネヴァダはこれを不服として、異議申し立てを行った。

だが、米国の航空宇宙専門誌『Aviation Week & Space Technology』が入手したNASAの内部メモを基に報じたところによれば、ドリーム・チェイサーはコスト面ではスペースXのドラゴンV2宇宙船よりも高く、ボーイングよりは安いものの開発スケジュールに多くの不確実性をはらんでいることから、選ばれなかったのは当然であったという。

一方シエラ・ネヴァダは、独自にドリーム・チェイサーの開発を進めることを明言し、9月30日には「グローバル・プロジェクト」と名付けられた、ドリーム・チェイサーを世界各国の政府機関や企業、大学などに提供する構想を発表した。機体は有人か無人といったことから、ミッション内容は細かく選択することができ、また搭載ロケットも選択が可能だという。

つまりお金さえ払えば、例えば日本のJAXAが、ドリーム・チェイサーに日本人宇宙飛行士を乗せて、あわよくば日本のロケットを使って打ち上げることも不可能ではないということだ。実際、同年7月23日には、JAXAとの間で共同開発に向けた話し合いを行うことを決めており、日本が何らかの形で関与することはあり得るだろう。

また同日、米国のストラトローンチ・システムズと契約を交わしたことも発表した。ストラトローンチ・システムズ社は、巨大な航空機を使い、空中で大型ロケットを発射するシステムを開発している企業で、そのロケットにドリーム・チェイサーを小型化した宇宙船を載せて打ち上げることを考えているという。

国際宇宙ステーションにドッキングするドリーム・チェイサーの想像図 (C)Sierra Nevada Corporation

小型化されたドリーム・チェイサーを搭載して飛行するストラトローンチの想像図 (C)Sierra Nevada Corporation

有人での宇宙開発がそれほど活発ではない現代、こうした計画を国の支援なしに進めることは非常に難しいだろう。また前述のNASAの評価が正しければ、ドリーム・チェイサーの開発にはまだまだ難関が待っていることになる。

姿かたちや名前は違えど、米国とソヴィエトの多くの技術者が、リフティング・ボディの宇宙船が飛ぶ姿を夢見てきた。だが夢追人は、永遠に夢を追い続けることしかできない運命なのかもしれない。

参考

http://www.nasa.gov/press/2014/september/nasa-chooses-american-companies-to-transport-us-astronauts-to-international/index.html
http://www.sncorp.com/pressmoreinfo.php?id=635
http://www.sncorp.com/pressmoreinfo.php?id=636
http://appel.nasa.gov/2011/11/02/the-dream-chaser-back-to-the-future/
http://aviationweek.com/space/why-nasa-rejected-sierra-nevadas-commercial-crew-vehicle