昨年11月に打ち上げられた2機の火星探査機が、約10カ月に渡る航海を経て、まもなく火星を回る軌道に入ろうとしている。
1つはインド宇宙研究機関(ISRO)が開発した「マーズ・オービター」。インドは火星探査はもちろん、惑星探査自体が初挑戦で、打ち上げ後に小さなトラブルは起こしたものの、なんとか乗り切りここまで来た。
もう1つは米航空宇宙局(NASA)の「メイヴン(MAVEN)」だ。米国は火星探査のベテランで、無事メイヴンが火星に到着すれば、NASAは6機もの火星探査機を運用することになる。また米国は2030年代に火星の有人探査を狙っており、メイヴンはNASAの他の火星探査機と同様、その露払い役も担っている。
今回はこの2機の火星探査機の歩みと、今後の火星探査計画について紹介したい。
マーズ・オービター
マーズ・オービターは、インド宇宙研究機関(ISRO)によって開発された探査機で、製造もISROの下部組織であるISROサテライト・センター(ISAC)によって行われた。
インドは、2008年に月探査機チャンドラヤーン1を打ち上げた以外に宇宙探査の経験はない。マーズ・オービターはインドにとって2機目の宇宙探査機であり、また月より遠くの深宇宙へ飛ぶ初の探査機でもある。したがってミッションの目的は、惑星探査に必要な技術の開発と、その実証が第一とされている。
ただ、科学観測がないがしろにされているわけではなく、メタンの検出を目指したセンサーをはじめ、5種類の観測機器が搭載されており、火星の地表から大気まで、幅広い範囲に渡る観測が行われる。またNASAの火星探査機と共同観測も計画されている。
マーズ・オービターの開発は2012年8月に始まり、打ち上げまでの期間はわずか2年2カ月ほどと、驚くほど短い。また開発費も約45億4000万インド・ルピー(日本円で約70億円)ときわめて安価だ。
打ち上げ時の質量は1,337kgで、I-1Kと呼ばれる衛星バス(筐体)が用いられている。I-1Kは通信衛星や測位衛星、前述の月探査機チャンドラヤーン1でも使われたことのある、実績のあるバスだ。また、スラスターや通信機器なども既存品に改修を加えたものが用いられている。
また、インドにとってマーズ・オービターは、中国との宇宙開発競争においても重要な意味を持っている。中国はこれまでに月へ3機の探査機を飛ばし、月面への着陸と無人探査車の走行にも成功し、さらに有人宇宙飛行も成し遂げているが、方やインドは、月探査機は1機のみで、有人宇宙船はようやく今年試験機が打ち上がるという段階だ。また、ロケットや衛星に関しては、中国はインドどころか世界の中でも高い技術を持っている。
その中国は2011年に、ロシアの探査機フォボス・グルントに相乗りする形で、火星探査機「蛍火一号」を送り出したが、フォボス・グルント側にトラブルが発生し地球軌道から脱出できず、失敗に終わっている。もしマーズ・オービターが火星に到達できれば、インドは初めて中国を、宇宙開発の分野でひとつ、出し抜けることになる。
多くの貧困者を抱えるインドにとって、宇宙開発、とりわけ宇宙科学分野へ投資することへの批判は少なくないが、マーズ・オービターの成功によってそうした批判を封じ込められるばかりか、逆に中国と対等に渡り合えるだけの国力があることを示す国威発揚にもなるだろう。