「切り絵」と聞いて、懐かしい絵本や、和のテイストで刻まれた版画のようなものを思い浮かべる人が多いのではないだろうか。だが、切り絵作家・福井利佐の作品は、そんなイメージを覆すものだ。縦横無尽に広がる無数の線が強い印象をもたらし、一度見たら忘れることができない。その手から生まれる作品は、いったい「切り絵」であるのかもわからないほどに独特な雰囲気をまとい、中島美嘉や水道橋博士といったややクセのある著名人とのコラボレーション作品においても、その存在感を発揮している。

今回は、切り絵のイメージを覆す作品群が生み出された経緯や、作品に込められた思いなどについて、じっくりと話を聞いた。

福井利佐(切り絵作家)
1975年 静岡生まれ。1999年、多摩美術大学グラフィックデザイン科の卒業制作「個人的識別シリーズ」でJACA日本ビジュアルアート展特別賞を受賞。国内外での個展や展覧会へ参加するほか、さまざまなジャンルのアーティストとのコラボレーション作品や装画、広告ビジュアルなどを幅広く手がけており、主な仕事に、Reebokとのコラボレーションスニーカー、中島美嘉のジャケットやステージ装飾、桐野夏生の小説への挿画、水道橋博士の著書の装画など。作品集に『KIRIGA 福井利佐切り絵作品集』、『たらちね Tarachine 切り絵原画集 ~映像作品「たらちね」の舞台裏』がある

――福井さんの生み出す作品は、これまでの「切り絵」とは一線を画すものですが、福井さんの作品制作において重要なのはどのようなことですか?

本格的に切り絵を始めたのは、多摩美術大学のグラフィックデザイン学科に在籍していた頃です。3年生になると、徐々に"自分の表現"を見つけていかなければならなかったのですが、周囲には絵がうまいのはもちろん、すでに面白いことをやっている人たちがたくさんいました。とても同じ土俵では闘えないと思いましたし、自分には何が向いているのかを考えた時、ふと、昔の楽しかった記憶を思い出して切り絵をやってみたら、とても面白かったんです。

当時、まわりに切り絵をやっている人はいませんでしたが、講評ではズラッと並べられた作品の中で先生が興味をもったものから取り上げていくので、まずは「絵」として面白くないと声すらかけてもらえない。切り絵という表現手法はさておき、まず、絵として成立していなければならないのだと強く感じました。そこが原点ですね。一枚の「絵」として興味をもってもらい、よく見たら「切り絵」だった、と気づいてもらうような作品を作りたいなと思っています。

――ここからは、仕事としての作品制作についてお聞きできればと思います。クライアントワークでは、福井さんの作品を切り絵ではない状態で見せるケースの方が多いのではないでしょうか?

立体物に転写されたり、印刷物になったりすることも多いですね。立体の場合は、例えば鯉の切り絵を使ったリーボックのスニーカーや、車のシートに植物の作品を写しとった製品などがありますが、そのものの形状を活かした絵を考えます。

リーボックのために制作した作品「鯉」(2002年)

中島美嘉「MUSIC」CD・LPジャケットのためのアートワーク(2004年)

また印刷物の場合は、まず「絵」として成立するように心がけているのは同じですが、切り絵の線には特徴があると思うんです。デザインされた線やイラストとは違う印象を、見る人に与えられるのではないかと。「切り絵」とはわからなくても、人を魅了するものを作りたいですね。

――また、有名人をモチーフにした作品の場合、その人となりを表現するのが難しい場合もあるのでは?

中島美嘉さんと水道橋博士さんについては、直接お会いして、ご本人の意思を尊重しました。というのも、お二人ともかなり明確なビジュアルイメージをお持ちでしたので。

中島さんとはこれまでに3回お仕事をさせていただいています(最初がCDジャケット、ツアーパンフ、写真動画集。いずれもアートディレクションはタイクーングラフィックス)。回を追うごとに、ご本人との意思の疎通ができるようになっていきました。

写真動画集の時は、骸骨のビジュアルがイメージに合いそうだなと思いつつ、若い女性のアーティストということでやんわり気を使ったら、「むしろそこまでやってほしい!」というオファーで(笑)。お互いに刺激し合うことができましたし、ノンストレスでした。基本的には、私の作風を理解して依頼してくださる仕事が多く、幸せなことですね。