東京工業大学(東工大)は3月25日、固体中に生成される「水素化物(H-)イオン」を、核磁気共鳴法(NMR)計測だけで簡単に特定する手法を、NMRによる観測限界を物質中における水素周囲の空間サイズと対応付ければ補正できるという発見により実現し、同手法を用いて歯や骨を構成するリン酸カルシウム系物質「アパタイト」中にもH-イオンが生成することを実証したと発表した。
成果は、東工大 応用セラミックス研究所 セキュアマテリアル研究センターの林克郎准教授、同・元素戦略センターの細野秀雄教授らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、3月24日付けで英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。
H-イオンは比較的特殊な存在と考えられていたが、近年になってさまざまな物質中に存在し、材料の電気特性などの物性に影響を与えることがわかってきている。しかし、無機材料中での軽い水素の存在や電荷の状態を評価することは一般に難しく、大規模な研究施設での実験を要することや、多数の間接的な実験証拠を積み重ねる必要などがあった。
水素を評価する最も有力で普及している手法は、病院の精密検査で知られたMRIと同様の原理を利用したNMR法である。ところが、H-が存在すると確証が得られている材料であっても、NMR法を用いると、むしろ正の電荷を持つH+と解釈される結果が報告されることが多く、無機固体材料分野での1つの謎とされてきた。
そこで研究チームは今回、まずセメント鉱物「マイエナイト」とその派生材料中にH-とH+の状態の水素を精密に作り分け、NMR法によって化学シフトと呼ばれる元素の化学状態を反映する値の評価を実施した。従来の基準に従うと、観測された結果はやはり「H-」はH+であると判定され、さらにH+はむしろH-と判定されるようなあべこべな結果が得られたという。
そこで研究チームは英・ロンドン大学の物性理論グループとの共同研究を行うことにし、これらの観測結果を「第一原理計算」で再現できることを確認した上で、物質中の局所モデルを用いた理論計算を実施。その結果、前述したあべこべな結果の原因を特定することに成功した(画像1~3)。
なお第一原理計算とは、量子力学に則り、構成元素やそれらの基本的な配置のみの情報から、物質の電子状態や、これに起因する物性を計算機によって求める、原則的に実験結果や経験則に依らないことを前提としている手法のことである。
結論としては、NMR法を用いるとH-イオンは金属酸化物中で水酸基を形成するH+と、一見すると同様の結果を示すことが確認されたのである。またH-とH+は、それらが取り込まれる局所的な空間の寸法に依存して化学シフトが系統的に変化することがわかり、これらの依存性からH-とH+が容易に判別できることがわかったとした。
画像1(左):水素が取り込まれる空間とNMRの化学シフト。化学シフトは水素の原子核の位置における電子の密度を反映する。画像2(中)・画像3(右):X線回折で評価したマイエナイト中の水素が取り込まれる空間。画像2はマイエナイト結晶。画像3は水素近傍の空間の大きさを評価した際の模式図 |
前述した知見を用いて、研究チームではアパタイト中に人工的にH-を生成させ、NMR法でその存在を証明することに成功(画像4・5)。アパタイト中でのH-の生成は今回が世界でも初めてのことから、新しい機能材料としても期待できるという。また今回、証明に成功したH-の濃度は0.1%程度であり、同手法のみが有効な検出・定量法であったとした。
今回の研究により固体中の未知のH-イオンを同定できる有効な手法が確立された。これによって、含H-新材料の開拓が加速されるものと期待されるという。また、同大学の元素戦略研究センターにおいても、H-を初めとした水素の力を利用した電子材料の開拓に取り組んでいくとした。