京都大学は1月17日、光と触媒を用いた独自のアプローチにより、有機化合物「オルトシクロファン」の炭素骨格を組み替えて、「メタシクロファン」を立体選択的に合成することに成功したと発表した。

成果は、京大工学研究科の村上正浩教授、同・石田直樹助教、同・博士後期課程学生の澤野将太氏らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、現地時間1月17日付けで英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

資源・環境問題が顕在化する現在、工程数や廃棄物を可能な限り減らし、効率よく目的物質を合成する次世代の合成手法が求められている。「炭素-炭素結合」は有機化合物の主たる骨格を形成する結合だ。これらを自在に反応させることができるようになれば、既存の有機合成を一変させ、多数の工程を経て合成されてきた有機化合物を効率的に合成できるようになるものと期待される。しかし炭素-炭素結合は反応性に乏しく、選択的に反応させることが困難だった。

研究チームが今回見出したのは、「オルトシクロファン1」に紫外光を照射した後に「ロジウム触媒」を作用させると、「メタシクロファン3」が生成をさせられるという手法だ(画像1)。シクロファンとは、ベンゼンなどの芳香環の2カ所以上が、炭素鎖などの架橋によって環状に結びついた化合物の総称のことである。ベンゼン環の隣り合う置換基(1位と2位)である「オルト位」で結びついたものをオルトシクロファン、隣のその隣の置換基(1位と3位)である「メタ位」で結びついたものをメタシクロファンという。

まず、紫外光を吸収することで、オルトシクロファン1は「ベンゾシクロブテノール2」となる。この過程で化合物は光のエネルギーを化学エネルギーとして蓄積する仕組みだ。次に、ロジウム触媒を作用させることで、この化学エネルギーを駆動力として炭素-炭素結合の切断が起こり、メタシクロファン3が生成するのである。結果として、炭素-炭素結合と炭素-水素結合が入れ替わる形だ。解析の結果、この過程はエネルギー的には不利な分子変換だが、光のエネルギーが駆動力となって進行していることが示唆された。

また別の「オルトシクロファン4」から出発して、「メチルビニルケトン」との反応が行われたところ、「面性キラリティー」を有する「メタシクロファン6」が立体選択的に生成することが判明。このことから、炭素-炭素結合の切断が、「中心性不斉」から「面性不斉」への立体特異的な転写を伴って進行していることが明らかになったのである(画像2)。なおキラリティーとは、3次元の構造を持つ物質が、右手と左手のように、その鏡像と重なり合わすことができない性質のことをいう。面性(面斉)キラリティーとは簡単にいえば、ベンゼン環のように平面構造を取る化合物に関して裏表がある場合のことである。

画像1(左):オルトシクロファン1の環拡大によるメタシクロファン3の合成。画像2(右):面性キラリティーを有するメタシクロファン6の合成

今回の成果は光のエネルギーを駆動力として、熱力学的に安定な炭素-炭素結合や炭素-水素結合を選択的に反応させる基礎的な方法論を提案・実証したものだ。メタシクロファン骨格を持つ医薬品の開発に貢献し得るだけでなく、この方法論をさらに押し進めることで、将来的にはさまざまな有機化合物が効率的に合成できるようになるものと期待されるとしている。