国立天文台は11月4日、兵庫県立大学との共同研究チームが、黄道面(地球の公転面)に対して大きく傾いた軌道の小惑星400個以上に対するすばる望遠鏡を用いた観測により、直径1km未満の小さな天体が黄道面付近の小惑星に比べて少ないことを発見したと発表した。
成果は、国立天文台の寺居剛研究員らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、11月5日発行の天文学誌「Astronomical Journal」に掲載された。
小惑星の多くは、火星軌道と木星軌道の間にある「小惑星帯」に密集している。それらは形成されてから現在に至るまで、絶え間なく互いに衝突を繰り返してきたはずだ。規模が大きな衝突になると衝突時のエネルギーも膨大になるため、どちらの小惑星も無事では済まなかったはずで、片方だけでなくもしかしたら両方の小惑星がばらばらに破壊されたことだろう。そうした激しい衝突は太陽系創成の頃より幾度となく繰り返され、衝突によって生じた破片の1つひとつがまた新たな小惑星になるのである。
こうした衝突はあらゆる大きさの小惑星で繰り返し起こったはずで、小惑星の「人口分布」(天体の大きさと数の関係)が変化していく過程を「衝突進化」という。ある程度の大きさ以上の小惑星になると、大きければ大きいほど天体の強度が増すという特性があり、これが小惑星の「人口分布」を形作る最も重要な要素となる。
この関係を利用すると、小惑星の人口調査を行うことによって、それらがどのような強度特性を持っているのかを知ることができるというわけだ。これまでに行われたさまざまな観測によって小惑星の「人口分布」が測定されており、小惑星帯における衝突進化を再現するシナリオ作りが現在進められている。
現在の小惑星帯における小惑星の軌道はほぼ円形だ。しかも黄道面に近いものが多く、比較的そろっている。しかし、過去には小惑星の軌道がばらばらだった時代があったとされる。それは木星ができたばかりの頃の話だ。木星はいうまでもなく太陽系の惑星で最大のサイズを持ち、その分重力も強大だ。さまざまな大小さまざまな天体がこれまでにその影響を受けてきた。小惑星は木星に対して質量が小さいためにそれだけ影響を受けやすく、軌道を激しく乱され、軌道の歪み(楕円になる)や黄道面からの傾き(軌道傾斜角)が大きくなる。
その結果、小惑星は互いに高速度で衝突するようになり、このような高速度での衝突時に小惑星がどのような強度特性を持つのかはまだ知られておらず、その時代の衝突進化を明らかにすることは困難であるのが現状だ。
そこで、寺居研究員を中心とする研究チームが注目したのが、大きな軌道傾斜角を持つ小惑星だ。それらはほかの小惑星との相対速度が大きく、非常に速い速度でほかの小惑星と衝突する可能性がある。従って、それらの「人口分布」を測定することによって、高速度衝突を起こした小惑星の強度特性を調べることが可能だ。この研究には直径が数100mから数km程度の小さな天体が適しているのだが、そのような大きさで軌道が傾いている小惑星の「人口分布」が調べられた研究は、実はこれまでになかったのである。
そこで寺居研究員らは今回、すばる望遠鏡に搭載された主焦点カメラ「Suprime-Cam(シュプリーム・カム)」を使用し、軌道が大きく傾いている小型の小惑星の観測を実施した(現在は、最新型のHyper Suprime-Cam(HSC)が稼働中。
こうした天体は大変暗く、個数も少ないため、数多くとらえることは難しい課題だという。そこで寺居研究員らは新たな小惑星の検出方法を確立し(画像1)、効率的な観測を実現することによってそれを克服した。さらに目的の小惑星を見つけやすい場所を選ぶことで、数多くの天体を観測することに成功したのである。
画像1が、Suprime-Camの画像から検出された小惑星だ。左の2点は同じ領域を20分間隔で撮影した観測画像。一番右は観測画像に処理を施して作成された画像。背景の恒星や銀河が隠され、移動する小惑星だけが見えるようになっている。小惑星は露出時間(4分)の間にも画像上を動くため、その星像は移動方向に伸びた形状となるというわけだ。
2008年8月に行われた2晩の観測で取得された画像が解析された結果、441個の移動天体が検出された。その内の約380個が小惑星帯に属する天体である。これらは大変小さいため、直接大きさを測ることはできない。そこで、推定された軌道と明るさから天体の直径を見積もる方法が採られる。見つかった小惑星は直径700mから6km程度で、1km未満の小型小惑星が半数近くを占めていた。その多くが黄道面から15度以上の傾きを持っていることも確かめられている。
小惑星の「人口分布」は、横軸に小惑星の直径、縦軸に累積個数(その直径よりも大きな天体の総数)を取ってグラフを描くとその性質が浮かび上がってくるという。今回観測された小惑星の「人口分布」を調べると、画像2の通りに直径1km付近に特徴的な折れ曲がりが確認された。これは過去の研究で観測されていた黄道面近くの小惑星が持つ特徴と一致しており、どちらの「人口分布」も同じ形を持つことがわかったのである。
画像2が、観測された小惑星の「人口分布」だ。オレンジの点線は今回の観測でとらえることのできる小惑星の大きさの限界(直径0.56km)。赤い丸は分布の勾配が測定された範囲、×印は測定からは除外された範囲で、青と緑の直線はそれぞれ1kmよりも小さい範囲と大きい範囲から算出された分布の勾配を表している。
一方で、直径600mから5kmの範囲で両者の「人口分布」を比較すると、黄道面近くの小惑星に比べて、軌道が傾いている小惑星には小さな天体が少ないことが明らかになった。小さな天体の割合が少ないということは、小さな天体に対して大きな天体の強度がより強い、という傾向で説明することができるという。小さな天体は相対的に破壊されやすく、早いペースで失われてしまうのに対し、大きな天体は壊れにくく、そのままの大きさであり続けるからだ。
このことから、傾いた軌道の小惑星で起こるような非常に速い速度での天体衝突の場合、天体の大小により強度差がより顕著になるという性質を小惑星が持つと考えられるという。この結果を適用すると、誕生間もない木星の重力によって小惑星の軌道が激しく乱され、高速衝突が頻発した時代には、大きな小惑星は現在よりも破壊を免れて生き残りやすい環境だったと推測されるとした。
今回の観測から、小惑星の強度特性が衝突速度によって変化することが判明した形だ。今後、観測・実験・シミュレーションなど、さまざまな研究を積み重ねることで衝突速度と強度特性の関係が明らかになれば、太陽系初期における小惑星の衝突進化をより正確に再現することができるという。また、太陽以外の若い恒星の周囲に発見されている原始惑星系円盤の形成モデルにも、より現実的な制約を与えられるとする。
寺居研究員は「すばる望遠鏡に新しく搭載された超広視野主焦点カメラHyper Suprime-Cam(ハイパー・シュプリーム・カム)を使用すれば、小惑星帯以外の小天体グループの衝突進化も明らかにすることもできます。これらの観測を通して、惑星や小天体の形成・進化の解明に迫りたいと思います」とコメントしている。
動画。論文の筆頭著者である寺居剛氏による解説(2013年10月31日に撮影されたもの)。(c) 国立天文台 |