京都大学、科学技術振興機構(JST)、高輝度光科学研究センター(JASRI)の3者は10月29日、6個の炭素原子からなる「ベンゼン環」が3次元的につながった「ボール状」構造を持つ、新しい炭素ナノ構造体の化学合成に成功したと共同で発表した。
成果は、京大 化学研究所の山子茂教授らの研究チームによるもの。研究はJSTの戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「プロセスインテグレーションに向けた高機能ナノ構造体の創出」研究領域の一環として行われ、その詳細な内容は、現地時間10月29日付けで英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。
球状のフラーレンや、筒状のカーボンナノチューブ(CNT)に代表される閉じた3次元構造を持つ炭素ナノ分子は、歪んだ「π共役系」と環状構造に由来する、特徴ある電子的、光学的性質を有することから大きな注目を集めている。特に、近年の有機EL、有機トランジスタ、有機太陽電池などの有機エレクトロニクス分野の発展に伴い、その炭素ナノ分子群は次世代材料の中核をなす物質群として、学術的な基礎研究にとどまらず産業界からも広く研究が展開されているところだ。このような観点から、これまでに存在しない新しい構造、物性、機能を持った3次元炭素ナノ分子の創製研究の重要性はますます高くなっている。しかし、これら分子の入手は一般的に、「触媒気相成長法」や「アーク放電法」などの物理的手法によるため、得られる分子の構造が大きく限定されていた。
研究チームはこれまでに、自然界において複雑な高次構造体を形成する時に見られる「自己組織化」に類したプロセスと、「sp2炭素」同士の結合反応として優れているカップリング反応とを併用することで、これまで合成が極めて限られていた、「アームチェア型」のCNTの最小構成単位である「シクロパラフェニレン(CPP)」の効率的化学合成法の開発に成功している(画像1)。すなわち、2箇所に反応点を持つベンゼン単位と白金錯体との組織化による四角形構造を持つ白金錯体の生成と、それに引き続く白金の除去により、効率的なCPP合成を可能としたのだ。
研究チームは今回、そのプロセスを発展させることで、従来法では達成困難な「ベンゼン環」が3次元的につながった新しい3次元炭素ナノ分子の合成に成功した(画像2)。すなわち、3つの反応点を持つベンゼン単位と白金錯体との組織化により、正八面体構造を持つ白金錯体が高収率で生成されることを明らかにすると共に、この錯体から白金を還元的脱離によって除去することにより、構造を任意に決定した3次元炭素ナノ分子を合成することに成功したのである。
また、各段階で面倒な精製を比較的必要とせず、市販の試薬からわずか5段階で効率的にこの分子を合成できた点も特筆すべき点だという。さらに、その分子の光物性や酸化還元特性、および電荷移動度などの基礎物性の測定も行われ、その結果、その分子を有機ELや有機半導体などに用いられている電荷移動材料などに利用できる可能性が示されたとする。
得られた構造体の構造は単結晶構造解析を用いて決定された。一般的に、炭素および水素のみからなる炭化水素化合物はX線散乱能に乏しく、単結晶X線構造解析に必要な十分な強度の回折点を集め、質のよい解析結果を得るには非常に困難が伴う。しかし今回は、理化学研究所が所有しJASRIが運用する大型放射光施設「SPring-8」の単結晶構造解析ビームライン「BL02B1」を用いることによって、その分子はベンゼン環が3次元的につながった「ボール状」構造を持つことが判明したのである(画像3)。
今回の研究により、「自己組織化」を模したプロセスが3次元炭素ナノ分子の合成に有効であることが示された。現在、炭素ナノ分子の材料としての応用の可能性が多岐にわたるため、分子構築のアプローチに高い融通性が求められている。一方で、金属イオンと配位子との「自己組織化」による3次元構造体の合成は多くの例が知られていた。
今後、それらの分子設計にヒントを得ながら、今回のプロセスを応用していくことで、より複雑な構造を持つ3次元炭素ナノ分子の創製が可能となると期待されるという。有機分子の織りなす3次元構造を精密に制御できる今回の研究は、精密有機合成の分野に一石を投じるのみならず、材料科学分野などへも大きなインパクトを持つことから、電荷移動材料のような有機ナノエレクトロニクス材料の開発、高性能化、高機能化などに展開されることも大いに期待されるとしている。