国際電気通信基礎技術研究所(ATR)、大阪大学(阪大)、科学技術振興機構(JST)は10月23日、米サセックス大学との共同研究により、抱き枕型の存在感メディア「ハグビー」(画像1)を抱きながら通話するとストレスを軽減する効果があることを体内のホルモンの変化から明らかにしたと共同で発表した。
成果は、ATR 社会メディア総合研究所 特別研究室の石黒浩室長(兼ATRフェロー兼阪大教授:画像2)、石黒研究室所属の住岡英信研究員、阪大の中江文 特任准教授、サセックス大の金井良太准教授らの国際研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、現地時間10月23日付けで英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
ハグ(抱擁)のような直接的な接触は、ストレスの軽減や関係の維持など、ヒトの健康にとってよい効果があることが明らかになってきている。研究チームはこれまで、人のように感じられる「テレノイドR1」(画像2)において、ロボットを抱きかかえながら対話する場合にも人の存在を強く感じ、人との接触に見られるような効果が起こる可能性を確認してきた。さらに直接的な接触に注目し、人の存在を感じる最低限のデザインとして、人の形をしたクッションのような存在感メディア「ハグビー」(記事はこちら)も開発され、実験が行われている。
画像1(左):女性が抱きしめている人型のヌイグルミのようなものがハグビー。 画像2(右):自分にそっくりなアンドロイド(外見もヒトに似せたロボット)の「ジェミノイド」などで知られる石黒浩教授。右手に抱きかかえているのがテレノイドR1 |
しかし、これまで触覚情報に注目したメディアとの接触体験がヒトにどのような効果を及ぼすのかはアンケートなどの質問形式のみで調査されており、具体的な生理的効果については確認されていなかった。例えば、ヒトがヒトとハグやほかの接触行動をした時のストレス軽減の効果として、ストレスを受けると分泌量が増加するホルモン「コルチゾール」や、心拍数の減少によって確認されているわけだが、それに類する効果があるかどうかはわかっていなかったのである。こうした効果を人工的に作られたメディアが与えられるかどうかを確認することは、新しい通信メディアの開発や既存の通信メディアの評価に極めて重要だと考えられるという。
今回の研究における実験では、ハグビーを抱きながら話をするグループと、携帯電話で話をするグループに被験者を分け、会話前後での血液中、唾液中のコルチゾール濃度の変化が調べられた(画像3)。その結果、ハグビーを抱きながら会話をしたグループでは血液中、唾液中ともに有意にコルチゾールが減少し、人との接触で見られるようなストレス軽減効果がハグビーのような人工的なメディアとの接触にもあることが確認されたのである(画像4)。
この結果は現在ヒトが使っている通信メディアのデザインに新たな示唆を与えるという。例えば、遠隔カウンセリングなど、ストレス軽減を目的とした通話においてはハグビーのような抱くことのできる通信メディアが有効であることを示している。また生理反応から製品の効果を評価することはヒトの生活で使用される多くの製品の評価にも適用でき、ヒトの健康をより効果的に支援する製品開発につながると考えられるという。
そのため、NTTデータ 経営研究所が事務局を務める応用脳科学コンソーシアム内に「コンフォータブルブレイン研究会」が発足され、いくつかの企業と共にホルモンによる製品評価の可能性についての調査がスタートしている。最終的に生理的な製品評価を行う恒常的な検査サービスを構築することも視野に入れ、研究を進めていくとした。
今後はデンマークで行われている高齢者や認知症患者に対するテレノイドやハグビーの効果検証にもホルモン検査を導入し、異なる文化圏でも同様の効果があることを確認する予定だ。