大阪大学(阪大)は8月28日、転写調節因子「Sbno2」が骨を吸収する「破骨細胞」の正常な細胞融合に必須であることを個体レベルで明らかにすることに成功したと発表した。
成果は、阪大 免疫学フロンティア研究センター 自然免疫学の審良静男教授、日本学術振興会特別研究員の丸山健太医師らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、7月26日付けで「The Journal of Experimental Medicine」に掲載済みだ。
「細胞融合」とは2個以上の同種あるいは異種の細胞同士が細胞膜を融合させることで単一細胞となる現象を意味する。人工的な細胞融合技術なくして抗体医療や免疫学の発展が望めなかったことを考えると、細胞融合が現代医学に与えたインパクトは計り知れないという。歴史的背景から、細胞融合は一般には病原体や薬剤によって誘導されるイメージが強いが、この現象が発生過程や細胞分化といった生理的局面においても重要な役割を果たしていることは意外に知られていない。
例えば、精子と卵子は受精過程で融合し、骨格筋細胞は最終分化段階において融合プロセスを経て多核の巨細胞となる。さらに、破骨細胞は多核細胞の代表格だが、この細胞は骨芽細胞上に存在する「破骨細胞分化因子(RANKL:Receptor Activator of Nuclear Factor-kappa B Ligand)」が単核の「破骨細胞前駆細胞」に働きかけて、それらの融合が促進された結果として形作られるのだ。
そして超高齢社会を迎えた日本において、その解決が緊喫の課題となっているのが、患者数が1000万人といわれる「骨粗しょう症」である。骨は人体で最も硬い部位のために変化しないようなイメージがあるが、再生と破壊を繰り返しており、骨粗しょう症は破骨細胞による骨破壊が骨形成を上回ることによって生じてしまう。その予防の切り札として、「抗RANKL抗体」が実用化されつつあるが、丸山医師らはRANKLおよびその下流で活性化される転写因子(遺伝子に結合して、遺伝子の発現を調節するタンパク質)群の有する自然免疫調節作用を報告することで、こうした治療の持つ危険性についてかねてより警鐘を鳴らしている。
実際、抗RANKL抗体使用に伴う免疫異常や低カルシウム(Ca)血症による死亡例などの報告数は増加しているため、RANKL以外の破骨細胞をターゲットとした骨粗しょう症治療標的を明らかにすることは依然として重要だ。RANKLが「破骨細胞前駆細胞」のRANKL受容体である「RANK」と結合すると、「NF-kB」、「c-Fos」、「Jdp2」、「NFATc1」、「MITF」などの転写因子が活性化し、「TRAP」、「CTSK」、「DC-STAMP」といった破骨細胞特異的遺伝子群の発現が誘導される。
破骨細胞特異的遺伝子群の中でも、DC-STAMPは破骨細胞融合のマスターレギュレーターであることが知られており、DC-STAMP欠損マウスからは単核の破骨細胞しか形成されない。そして最近になり、破骨細胞におけるDC-STAMPの発現は転写因子MITFによって誘導され、破骨細胞前駆細胞では転写抑制因子「Tal1」がDC-STAMPプロモータに結合してMITFによるDC-STAMPの転写活性化をブロックしていることが明らかにされた。こうしたことから、破骨細胞融合は複数の転写因子によって厳密に調節されていると考えられているという。
またRANKL以外にも、さまざまな「サイトカイン」(細胞間で情報を伝達する因子)や病原微生物の刺激が転写因子NF-kBを活性化する。NF-kBは破骨細胞分化に必須であるだけでなく、病原体構成成分による動物細胞表面の受容体タンパク質「TLR(Toll-like receptor:トル様受容体)」の刺激によっても強く活性化され、炎症性サイトカインが誘導される。
近年になり、炎症性サイトカインの1種である「インターロイキン(IL)-10」が、転写因子「STAT3」依存的に酵素「DExD/Hヘリカーゼファミリー」に属する転写調節因子「Sbno2(Strawberry notch homologue2)」を誘導し、NF-kBの活性化を抑制することが示された。
こうしたことから、Sbno2は炎症性サイトカイン産生を負に制御する因子と考えられたが、個体レベルでのその自然免疫応答に果たす役割や生理的機能については明らかではなかった。そこで研究チームは今回、その疑問に答えるため、ノックアウトマウス技術を用いたSbno2の機能解析を試みたのである。
Sbno2は骨髄での発現が高く、血球系細胞の中ではマクロファージや破骨細胞で特に強く発現していることが確認された。そこで、これらの細胞におけるSbno2の機能を明らかにする目的でノックアウトマウスが作成されたところ、10週齢において野生型と比べ若干の体重減少が認められ、成長障害が疑われたのである。
その一方で、明らかなマクロファージ・好中球・リンパ球などの分化異常は認められておらず、マクロファージの炎症性サイトカイン産生能やNF-kBの活性化も正常であった。こうしたことから、Sbno2は以前報告されていたようなNF-kBの抑制作用は有していないことが明らかとなったのである。
次にSbno2ノックアウトマウスの骨のが解析が行われ、すると10週齢において著明な骨量の上昇が確認され、「大理石骨病」を発症していることが判明した。組織解析では破骨細胞の数は正常であったが、1細胞当たりの核の数が減少しており、融合障害が疑われたのである(画像1)。さらに、骨形成速度の低下も認められたことから、骨の形成を行う「骨芽細胞」の分化障害の存在も示唆された。
実際、in vitroでSbno2ノックアウトマウス由来の骨芽細胞を培養すると軽度の分化障害が観察された。ノックアウト由来の骨芽細胞では骨芽細胞分化を促進する因子である Jagged1の発現が著明に減弱しており、これを培養液中に加えると分化障害が救済されたことから、Sbno2は Jagged1の発現を正に制御することで適切な骨芽細胞分化を実現させていることも明らかとなった。次に、ノックアウト由来の細胞を使って in vitroにおけるRANKL誘導性の破骨細胞分化を検討したところ、in vivoで観察されたように破骨細胞あたりの核数が著明に低下していた(画像1・2)。個々の破骨細胞の骨吸収活性と分化マーカーの発現状態は正常であったことから、この異常は融合障害に起因していると考えられた。
さらに、IL-4誘導性のマクロファージ融合現象や、異物を皮下に留置した際に観察されるマクロファージ融合現象も部分的に障害されていたことから、Sbno2は破骨細胞だけでなく、広くマクロファージの融合を制御している分子であることが明らかとなったのである。
Sbno2欠損マウスは破骨細胞融合障害に伴う大理石骨病を発症する。画像1(左):大腿骨遠位部のCT画像。画像2(右):in vitro(イン・ビトロ:実験条件が人為的に制御下に置かれた環境であるという意味)におけるRANKL誘導性破骨細胞分化の様子 |
続いて、Sbno2がどのようなメカニズムで細胞融合を制御しているのかを明らかにする目的で、細胞融合を正に制御することが報告されている遺伝子群の発現状態が検討されたところ、破骨細胞融合のマスターレギュレーターであるDC-STAMPの発現が著明に減弱していることが判明。そこで、研究チームがレトロウイルスを用いてノックアウト由来の破骨細胞にDC-STAMPを発現させたところ、融合障害が完全に救済されることがわかったのである。
次に、DC-STAMPの発現を制御する転写因子群(「Tal1」、「PU.1」、MITF、c-Fos、NFATc1、NF-kB)のDC-STAMPプロモータ領域(遺伝子の転写を始める領域)への結合状態が、「クロマチン免疫沈降法」にて検討された。すると、DC-STAMP発現を正に制御するMITFの結合が減弱している一方で、DC-STAMPの発現を抑制するTal1の結合がノックアウトの細胞で増強することがわかったのである。そこで、ノックアウト由来の破骨細胞でTal1のノックダウンが行われたところ、破骨細胞の融合障害は部分的に救済されることがわかった。
さらに、Sbno2はTal1と直接結合することにより、Tal1の活性を抑制していることも免疫沈降法と「レポーターアッセイ」(調べたい遺伝子を蛍光遺伝子に置き換えることで、蛍光測定で遺伝子の発現(活性)状態を目に見える形にすること)により確認されたことから、Sbno2によるTal1抑制を介したDC-STAMP発現亢進による破骨細胞融合促進機構が初めて明らかとなったのである(画像3)。
現在、破骨細胞分化を抑制する骨粗しょう症治療薬の開発が急ピッチで進められているが、そうした医薬品の多くは免疫系のかく乱作用や低Ca血症、顎骨壊死などの副作用を持つため、分化抑制を作用機序としない新たな治療薬の開発が切望されている状態だった。Sbno2が欠損した破骨細胞は分化が正常である一方で融合だけが障害され、免疫系には異常が見られなかったことから、この分子がより安全な次世代の骨粗しょう症治療薬の標的となることが期待されるとしている。