慶應義塾大学(慶応大)は5月6日、東京医科歯科大学、埼玉医科大学、米国シンシナティ小児病院との共同研究により、骨の感覚神経が骨量の維持に重要な働きをしていることを解明したと発表した。

成果は、慶應大学医学部の竹田秀医学部特任准教授、同・伊藤裕教授らの国際共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、現地時間5月5日付けで英国科学誌「Nature」オンライン版に掲載された。

骨の健康、つまりは骨の強度を保つことは骨を作る「骨芽細胞」による骨形成と骨を吸収する「破骨細胞」による骨破壊のバランス=「骨代謝」を保つことによって維持される仕組みだ(骨代謝は血清中のカルシウムの値を調節する仕組みも持つ)。そのバランスが崩れている生涯の1つが骨粗しょう症である。

骨粗しょう症は、正確には「骨の強度の低下によって、骨折のリスクが高くなる骨の障害」のことだ。近年の高齢化社会の急速な進展に伴って、日本における骨粗鬆患者は1300万人にも達することが予測されており、特に75歳以上の女性の内の2人に1人は骨粗しょう症であるといわれている。

また、骨粗しょう症の進行による骨折は寝たきりの原因となり、QOL(生活の質)を低下させ、死亡率を高めることも確認済みだ。骨粗しょう症に対する有効な治療薬の開発には骨代謝のメカニズムをさまざまな視点から研究し、骨の健康維持メカニズムを解明することが不可欠である。

その骨代謝に関する知識としては、調節がホルモンなどによりなされていることが昔から知られている。最近の研究からは、神経によっても骨代謝が調節を受けることが明らかにされるようになってきた。しかし、依然としてそのメカニズムについては、未解明な部分が多く残されているのである。

そこで研究チームは今回、神経再生において注目されている「セマフォリン3A」に着目した。セマフォリン3Aとは、神経突起の伸長を制御する因子のことで、胎児期での神経回路を作る過程に関係しているほか、免疫系の調節にも関係していることがわかっている。

まず、神経においてセマフォリン3Aを欠落した「神経特異的セマフォリン3A欠損マウス」を作出し、その骨組織を検討。すると、骨の細胞自体には異常がないにも関わらず、骨密度が低下した骨粗しょう症様の病態を呈していることがわかった(画像1・2)。

画像1が正常マウスの、画像2が神経特異的セマフォリン3A欠損マウスにおける脊椎の前額断の組織写真。黒い部分が石灰化した骨を示している。神経特異的セマフォリン3A欠損マウスは骨量が低下し、骨粗しょう症様の病態を呈しているのがわかる

さらに解析を進めると、正常のマウスでは骨に数多くの感覚神経が侵入しているが、神経特異的セマフォリン3A欠損マウスではその侵入が低下しており、そのために骨粗しょう症を発症したことが明らかとなったのである(画像2)。

画像3(左)が正常マウスの、画像4(右)が神経特異的セマフォリン3A欠損マウスにおける脛骨断面の蛍光組織写真。緑の蛍光部分が感覚神経を示している。神経特異的セマフォリン3A欠損マウスでは感覚神経の骨への侵入が低下しているのがわかる

さらに、骨への感覚神経の侵入が低下したマウスでは、骨の障害に対する再生能力が大きく低下していることがわかった(画像5・6)。こうして、骨ができるときに感覚神経系が骨に侵入してくることが、健康な骨の発達や、怪我の後の骨の再生、治癒に重要であることがわかった。これは骨に感覚神経が侵入し、骨代謝を調節するという、新しい骨代謝調節機構を証明した画期的な発見であるとしている(画像7・8)。

画像5(左)が正常マウスの、画像6(右)が神経特異的セマフォリン3A欠損マウスにおける大腿骨のマイクロCT画像。写真上は大腿骨にワイヤーで穴を開け、1週間後に再生した骨(黄枠)を解析。写真下は、黄枠部分の拡大。神経特異的セマフォリン3A欠損マウスでは再生した骨が少ない

今回の研究で、骨へ侵入している感覚神経が骨代謝を調節することが確認された。画像7(左)は正常マウスのもので、感覚神経が骨に侵入し、骨が健康に発達する。画像8(右)は神経特異的セマフォリン3A欠損マウスのもので、感覚神経の骨への侵入が低下し、骨粗しょう症様の病態を呈する

現在、骨粗しょう症に用いられている治療薬は骨の破壊を抑える薬がほとんどであるため、着眼点の異なる骨の形成を促す薬の開発が求められている。減っている骨量の減り方を抑えるだけでは根本的な解決にならないため、骨量を増やすことが重要というわけだ。

今回の成果により、骨に侵入していく感覚神経を増やすことで骨の再生を促す作用があることが確認された。今後は、この成果を基にした新しい骨粗しょう症治療薬の開発につながることが期待されると、研究グループは述べている。