福岡大学は5月1日、慶應義塾大学(慶応大)との共同研究により、神経細胞「SCN1A」の活動に深く関わる遺伝子に異常のある「ドラベ症候群」と呼ばれる難治てんかん患者の皮膚細胞からiPS細胞技術で神経細胞を誘導し、病態を反映した機能異常を再現することに成功したと発表した。

成果は、福岡大医学部小児科の日暮憲道研究員、同・廣瀬伸一教授、慶応大 医学部生理学教室の岡野栄之教授らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、5月2日付けで医学雑誌「Molecular Brain」オンライン版に掲載された。

てんかんは、有病率が全人口の1%におよぶ高頻度な脳の疾患だ。自分の意思では抑えることができない、繰り返しおきる「てんかん発作」が特徴である。てんかん発作の症状は、全身がガクガクしたり、一瞬ビクッとしたり、動きが止まってぼーっと反応がなくなったりなど多彩だが、それぞれの患者で一定の発作症状を持っている。あらゆる年齢での発症が確認されているが、8割が小児期に発症する。

てんかんが発症するメカニズムは、脳の神経細胞がほかの細胞とコミュニケーションを行う際の電気活動における興奮と抑制のバランスがさまざまな原因により崩れ、興奮しやすい状態に陥ることによって発症する。一般的に抗てんかん薬といわれる飲み薬による治療が行われており、それを飲むことで発作を予防することが可能だ。しかし、約3割の患者は飲み薬で治らない難治てんかんを持っているという。そのため、より有効な新しい治療薬の開発が望まれているのが現状だ。

そんな種々ある難治てんかんの中でも、2万~4万人に1人の割合で乳児に発症するドラベ症候群は、原因となっている遺伝子の異常がわかっている数少ない疾患だ。それは、神経細胞活動に重要なナトリウムチャネル「Nav1.1」という分子をコードしている遺伝子SCN1Aの異常で、てんかんに関わる遺伝子の中で世界的に最も研究されているものの1つだ。

このチャネルは、マウスの研究では脳の抑制機能を担っている神経細胞に発現しているため、遺伝子の異常によって脳抑制機能が低下し、てんかんを発症すると考えられている。しかし、マウスと実際の患者における脳神経細胞には多くの違いがあることが問題だ。よって、ヒトのドラベ症候群の発症メカニズムを解明するためには、実際にその患者の脳神経細胞を使って研究することが望ましい。ただし、いうまでもないがそんなことは不可能である。

しかしiPS細胞技術が開発され、日進月歩で研究が進展していることから、患者の皮膚細胞からこれまで手に入れることが困難であった神経細胞のような細胞を作成することが可能になってきた。そのため、種々の神経難病の研究に画期的な手法となることが期待され、世界的な研究競争が行われている。しかし、てんかんという脳の機能的疾患においては、これまでに細胞レベルでの機能解析が難しく、報告がなかった。

そこで研究チームは今回、SCN1A遺伝子に異常を持つドラベ症候群の患者の皮膚細胞から、iPS細胞技術を用いて神経細胞を誘導することを試みたのである(画像1)。そして見事に成功し、遺伝子の発現している細胞を「レポーター」技術で選定し(画像2・3)、電気生理学的な研究手法の「パッチクランプ法」を用いてその細胞の電気活動の測定が実施された。

画像1。iPS細胞を経由して、患者の皮膚細胞から作られた神経細胞

画像2。レポーターによる選定の仕方

画像3。レポーターの蛍光のある細胞におけるNav1.1の発現(「Venus」は蛍光物質を指す)

その結果、ドラベ症候群の神経細胞では、電気的に活動する能力(活電位を繰り返し発生する能力)が低下していることが判明(画像4)。さらに、これらの神経細胞の大部分は、脳の抑制機能を司る重要な神経細胞の「GABA作動性神経細胞」であることも確認された。この結果は、脳の抑制機能の低下によってドラベ症候群が発症するという、前述したマウス研究における所見を支持するものである。

画像4。正常(コントロール)とドラベ症候群の神経細胞の誘発される電気活動の比較。ドラベ症候群の場合、高さが次第に低くなり、電気活動の数も少ない

iPS細胞から作成した神経細胞の多くは機能的に未熟であることが多く、また、細胞の種類も均一ではないため、これまで、その機能的解析は容易ではないという問題があった。しかし、今回の研究で用いた手法によって、その機能的変化の一側面を明らかにすることができたことから、さまざまなてんかん患者から作成したiPS細胞を、今後のてんかん研究に広く応用できる可能性が示されたと、研究チームは語る。

また今回の研究では、患者由来神経細胞における神経伝達物質「GABA」作り、脳の電気活動を抑える神経の機能低下が明らかとなったが、神経細胞は非常に多種多様だ。

現在、iPS細胞技術、神経細胞培養技術は急速に発展しており、今後はてんかんのiPS細胞の解析を、さらに厳密にそれぞれの神経細胞にターゲットを絞って行うことが可能となると、研究チームはいう。そして、それによりマウス研究では暴くことが不可能重要な病態と、新たな治療のターゲットの発見が期待されるという。

さらにマウスではなく、実際の患者神経細胞を使うことにより、安全かつそれぞれの疾患に特異的な新薬の開発が可能となるテーラーメイド(オーダーメイド)医療的な展開にも発展する可能性があることを研究チームは語っている。