九州大学(九大)は4月15日、千葉大学、理化学研究所(理研)、東北薬科大学との共同研究により、真菌から新しい「アジュバント(免疫賦活化物質)」を発見したと発表した。

成果は、九大 生体防御医学研究所の山﨑晶教授、九大大学院 薬学研究院の宮本智文准教授、千葉大の西城忍准教授、理研の斉藤隆グループディレクター(兼大阪大学教授)、東北薬科大の柴田信之教授らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、米国東部時間4月17日付けで米国科学雑誌「Cell Host & Microbe」オンライン版に掲載された。

ヒトが周囲に常時無数に存在する真菌に侵入されて病気にならないのは、健康なヒトの体には真菌を認識して免疫系を活性化して排除する仕組みが備わっているからだと考えられている。「考えられている」というのは、実は一見すると当たり前のようなこの人体の免疫のの詳しいメカニズムはよくわかっていないからだ。

研究チームはこの問題について研究を行ってきており、2009年には、ヒトの免疫機構の一環として、C型レクチン受容体の「Mincle」が病原性真菌「マラセチア」を認識し、免疫系を活性化することを発見している。ところが、Mincleがどのような成分を認識しているかは不明のままだったのである。

なおレクチンとは、糖結合活性を持つタンパク質の総称だ。下等生物から高等生物まで、あらゆる生物種において広く保存されているファミリであり、数多くの分子種を有する。その内のカルシウム要求性を持つもの(カルシウム結合ドメインを有するもの)が、C型レクチンだ。

Mincleがどのような成分を認識しているのかを加盟するため、研究グループはまず、マラセチア真菌に含まれる活性成分の精製を試みることにした。その結果、Mincleを介して免疫を活性化させる成分が脂溶性であることが見出されたのである。

それと同時に、「Dectin-2」と呼ばれる類似の受容体もマラセチア真菌を認識して免疫系を活性化させること、その活性は反対に水溶性であることも発見された。すなわち、マラセチア真菌は、それぞれ「脂」と「水」に溶ける2種類のアジュバントを持っていることが明らかとなったのである。

さらに脂溶性成分の精製を進めた結果、研究グループは「44-1」、「44-2」と名付けられたまったく新しい化合物を発見(画像1)。とりわけ44-2については、これまで自然界で見つかったことがない、まったく新しい複雑な構造をしており、今後のアジュバント開発に大きな方向性を示したのである。

画像1。新しく発見されたアジュバントの構造

一方、Dectin-2に認識される水溶性の分子は、タンパク質に「マンノース」と呼ばれる糖が2個ずつ結合した「くし形」構造を持つ糖タンパクであることも確認された(画像2)。

Mincleを持たないマウス、Dectin-2を持たないマウスを用いてマラセチア真菌による刺激を行うと、どちらのマウスでもマラセチアによる炎症応答が弱まったことから、これらの2種類の受容体が協力し合って、真菌に対する免疫応答を高めていることが判明したというわけだ(画像2)。

画像2。真菌に対する2種類の防御機構とアジュバント

病原性真菌は、生活環や栄養状態、株の違いによって、その組成をさまざまに変化させて、宿主の防御機構から逃れていることが知られている。今回、マラセチア真菌が水溶性、脂溶性、2種類のアジュバントを持っており、これを2種類の宿主の受容体が認識していることが明らかとなった。研究チームは、このように1つの病原体成分に対して2つの受容体を用意しておくことで、真菌の変化に対応でき、より安定した生体防御応答を可能にしているものと考えられるとしている。

なお、一般的に病原体が感染すると、免疫応答が上がることが知られており、「アジュバント効果」という。この分子メカニズムが明らかになるにつれ、病原体そのものではなく、病原体の成分だけを使って免疫応答を上昇させ、病原体の排除やがんの治療に応用することが可能になってきた。今回発見した新しい病原体成分は、これまで知られていなかった新しい構造のアジュバントであり、今後、新たなインフルエンザワクチン、そのほかの感染症ワクチン、がんワクチンの開発につながる可能性があると、研究チームは語っている。

また今回の発見により、新しい骨格のワクチンアジュバントの開発が期待されるという。これらの新しい骨格のアジュバントが、実際に病原体やがんの排除をどの程度強く誘導できるのかを詳細に明らかにしていくことを、研究チームは今後の課題とした。

さらに、今回見つかったアジュバントは非常に複雑な構造をしているため、アジュバント効果を維持したまま、より単純な構造に変換していくことも、汎用性のあるワクチンアジュバントとしての開発、応用を考えていく上で重要な課題となるとしている。