日本科学未来館では、3月9日より企画展「波瀾万丈! おかね道(どう)-あなたをうつし出す10の実験」の一般公開をスタートした(画像1)。日本の行動経済学の第一人者である大阪大学 社会経済研究所所長・付属行動経済学研究センター長の大竹文雄氏(画像2)が総合監修する、お金とそれにまつわるもの、そして人の心理などを科学的に扱った内容だ。内覧会に参加してみたので、同企画展の模様をお届けする。

画像1。お金だからといって経済学的な話だけではなくて、脳の反応や心理学も含めた人とお金の科学という内容になっている

画像2。総合監修を努めた、大阪大学 社会経済研究所所長・付属行動経済学研究センター長の大竹文雄氏

あなたはお金と聞くと、何を想像しますか?

さて、あなたはお金と聞くと、何を想像するだろうか。お金は、いうまでもないが、現代社会で生きていくためにはほぼ必須といっていい存在である。事実上、これがなければ買い物はできないわけだし、サービスを受けることもできないし、もちろん娯楽を体験したりすることもできない(無料体験は除くが)。大自然の中で自給自足していくという生き方もあるかも知れないが、そうした生活を営むにしたって、大病や大ケガをした時に死にたくなかったら病院を頼らざるを得ないわけで、1円も絶対に必要のない生活というのはまず無理なのではないだろうか。

このように、お金は絶対に必要で重要な存在なわけだが、少なくとも日本ではどことなく「汚い」イメージがつきまとっているのも事実だ。誰しもが大なり小なり生きていくのには直接必要ではないものを購入したり、サービスを受けたりしたいわけで、そうしたものを手にするのにもお金が必要である。日本の文化だからなのかも知れないが、そうした欲望を持つこと自体がまず「はしたないこと・みっともないこと」というイメージがあり、お金はそうした自分の心の中に渦巻く欲望を映し出す心理的な鏡というか、否応なしに向き合わされる存在といえるのではないだろうか。

本来、欲しいものを欲しいと思って、そうしたものや地位を手に入れたりサービスを受けたりすることは、人や社会に迷惑をかけたりしない限りは決して悪いことではないと思うのだが、どうしても欲張りということにいいイメージがない以上、お金をいっぱい欲しいと思うことが、自分の汚い部分・醜い部分として見えてしまって、その結果、自分自身ではなくお金に汚いというイメージを転嫁してしまっているのだろう(画像3)。

画像3。レセプションに展示されていたオブジェ。もちろん本物の金貨ではなくて、チョコなのだが、これが金貨だと思うと、あなたはどう感じるだろうか?

と、出だしで長々と書いてみたが、何がいいたいのかというと、お金というものがこのように心理学的な一面をとても持つものである、ということ。だから、同企画展のタイトルの中にも「うつし出す」と入っているのだ。なお、誤解を招かないよう先にいっておくが、今回の企画展は「自分の中の汚いもの・醜いものをさらけ出す」だけの内容ではない。もちろん、自分が目先の欲に飛びつきやすいとか、リスク回避型なのかどうかといったことはわかったりするのだが、決してそれだけではない。経済的な話もあるし、心理学もあるし、犯罪の被害に遭わないための啓蒙的な一面もある。あくまでも、お金と人との関係を題材にした「科学」を見て聞いて学んで体験できる内容なのだ。

この企画展をゴールまでたどれば、お金に対する考え方や、経済的なものの見方、さらには人間心理に対する考察などが一皮むけることは間違いない。それ以降、ここで学んだこと得た知識を買い物や対人関係など、直接的にしろ間接的にしろお金が関わるさまざまな場面で活かすことができれば、人生が間違いなくいい方(得をすることもあれば、損を免れたりという形で)に変化してくる、というほどのものなのだ。お金と正面から向き合い、行動するための心構え、それこそが「おかね道」であり、それを身につけられるのが今回の企画展なのである。

どこか懐かしい風景の中で体験するお金にまつわる10の実験

具体的には、レトロな雰囲気の街を模したスペースに全部で10ある各実験場が用意されている形だ。昔は貧しくても豊かだった、というイメージを抱かせるデザインにしていると思われ、驚くなかれ、まるで作りかけか舞台裏か何かに入ってしまったかのような、大道具小道具の各種装置やセットなどがベニヤ板むき出しのデザインにあえてしてあるのだ(同館が企画展で予算がないからここまで手を抜いたとか、時間がなくて間に合わなかった、なんてことはあり得ない)。

1つずつ順を追って実験を行っていき、その実験結果のタネ明かしを知ることができて、日常生活や社会への活かし方を知ることができるという3ステップとなっている。実際に研究で用いられている手法がベースとなっており、脳科学、心理学、ゲーム理論、物理学、経済学など、自然科学と社会科学の研究者たちが互いの領域を超えてタッグを組み、現代社会の具体的な問題解決に取り組もうとしている動きが反映されているのだ。人間の意志・選択・行動の特性を踏まえて社会の仕組みを考え直そうとする新たな潮流を紹介した内容となっているのである。

実験場は、「ホモエコノミカス」、「ヒューリスティクス」、「同調伝達」、「認知的不協和」、「アンダーマイニング」、「現在バイアス」、「プロスペクト」、「べき分布」、「社会的価値志向性」、「社会的ジレンマ」の10種類。すべての実験場についてあまり事細かに説明してしまうと、実際に体験してもらう時の楽しみが減ってしまうので、それぞれについては簡単に説明していく。

最初のホモエコノミカスでは、ATM型の実験装置を使って相手と一定額のお金を分け合うという実験を行う(画像4)。自分の「合理性」の度合いをチェックすることができ、なおかつ不合理な人間の意志決定を知ることができる。2つ目のヒューリスティクスでは、「自分だけは大丈夫」と思っていても、思わず「直感」で選択を誤ってしまうことを体験するというもの。認知バイアスや消費者心理に加え、振り込め詐欺についても学べる内容だ。

画像4。ホモエコノミカスの実験場。あなたは、1000円を相手と分け合う時、いくらを提示するだろうか。500:500か、それとも400:600なのか、はたまた900:100という人が居ても不思議ではない

3つ目の同調伝達の実験場は、周囲の人々の行為に、つい影響されてしまう過程を再現した内容で、これを体験することで「流れやすさ」をチェックできるというもの。群衆行動のシミュレーションに加え、歴史の中で繰り返されてきたバブル経済についても学べる。4つ目の認知的不協和では、満足と不満足の感情がすり替わる状況(それを認知的不協和という)を体験し、満足や幸福とお金の関係を探るという内容だ。認知的不協和が起きている時の脳のマッピング、震災前後での生活の満足度の変化、幸福の経済学などを扱っている(画像5)。

画像5。お金はある方が絶対的に幸せなのか、なくても幸せでいられるのか? 認知的不協和の実験場には、とても意義深い解説パネルが用意されている

5つ目のアンダーマイニングは、紙芝居を用いたコーナーだ。紙芝居とはいっても、絵は別にしても内容的には子どもたちだけに向けたものではなく、ご褒美とやる気の関係を見せるものとなっている(画像6)。実際に、紙芝居のお兄さんが元気よく楽しませてくれたのだが、奥の深い内容で、実はご褒美はただ上げればいいというわけではないことがわかる。ご褒美のあげ方によってはやる気がなくなってしまう脳のマッピングも見られるし、教育・企業・社会福祉のインセンティブ設計といったことも学べる内容だ。6つ目の現在バイアスは、今すぐかもしくは先まで待つかを選択することで、「目先の誘惑への負けやすさ」を測れる。時間割引や脳内物質のセロトニンの影響、肥満や借金の問題なども扱う。

画像6。紙芝居仕立てのアンダーマイニングの実験場。ちゃんとレトロ風味の自転車に積んで紙芝居を実演。その近くにはお座敷とちゃぶ台も

7つ目のプロスペクトは、行動経済学のリスク判断についての理論に挑戦する内容だ。人は、損を恐れるが故に、勝てれば得をするが負けたらさらに損をするという危険性があっても賭けに出るのはなぜか、ということを実際にカジノのような実験場で体験できる(画像7)。人の損失回避傾向、脳の報酬系、脳内物質のドーパミンの影響、依存症などについて学べる内容だ。8つ目のべき分布は、市場経済や自然界に存在し、気がつかない内に人はその脅威を体験しているという「べき分布の法則」をサイコロで体験する。為替市場のカオス性、世界の不平等(ジニ係数)なども学ぶことが可能だ。

画像7。別にポーカーをするわけではないが、特定の条件の時、2択でどちらを選ぶかを2回繰り返すことで、4タイプに分類される

9つ目の社会的価値志向性は、相手の存在を意識した状態で、お金や商品を他社と分配するという実験を行う。これにより、個人主義か公平か競争か、体験者の志向がわかるという内容だ。また、公平性の好みの個人差、公平性の起源、「ねたみ」が生じる仕組み、公平と税制といったことも扱っている。そして最後の社会的ジレンマでは、相手と自分で所持金を投資し、お互いのお金を増やすというゲームを行って、体験者の「タダ乗り傾向」を測るというものだ(画像8)。「フリーライダー」(タダ乗りする人)を減らす「協力」、脳内ホルモンのオキシトシンの効果なども扱う。

画像8。とてもタッチパネルを使った装置には見えない木質感バリバリのデザインだが、これでもって2人で所持金を投資し、互いのお金を増やすというゲームを行う

以上、ざっと説明してみたが、お金だから汚いとか経済的で難しいというイメージよりも、お金を題材にして人の心がどう反応するか、数学的にどういう仕組みになっているか、といった科学的な知識を得られる内容なのがわかってもらえたことだろう。ビジュアル的には演劇の書き割りを後ろから見ているような、サイエンス&ハイテクノロジーが題材の日本科学未来館的に見えないところは驚いたかも知れないが。

家族・友人・恋人同士などで見てもらいたい企画展

色々と身体を使ったりもする仕組みも多々用意されているし、紙芝居などもあって子どもでも楽しめないわけではないのだが、惜しむらくは、お金のありがたみや怖さといったことがわかっている年代にならないと、この企画展の奥の深さがわかりづらいところだろう。でも、書き割り的な木質感を前面に押し出した柔らかい雰囲気なので、親子で回っても全然問題はないはずだ。お父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃんが子どもや孫たちと一緒に、お金の面白い面、怖い面、大事な面を学んでみるにはとてもいい「教材」だと思う。

また、アルバイトでお金を稼ぐ大変さがわかる高校生・大学生以上であれば、ぜひ友達と足を運んでもらって、お金について学んでほしい(もちろん、中学生だって勉強になる)。おそらくは多くの人がどこかしらの実験場での体験やタネ明かしなどで、「うーむ」と考えさせられることがあるはずだ。

お金とそれにまつわるさまざまなことを多角的に科学した「波瀾万丈!おかね道-あなたをうつし出す10の実験」。ぜひ楽しみながらもここで学んだ知識を頭の中に残して、今後の人生で役立ててみてもらいたい。