東北大学(東北大)と情報通信研究機構(NICT)は2月19日、有機分子でできた誘電体において電気分極の集団が波として伝わる新しい粒子(準粒子)を発見し、さらに100fsの極短時間幅の光パルスを用いて、この準粒子を増殖させることに成功したと発表した。

同成果は、東北大 大学院理学研究科の岩井伸一郎 教授、石原純夫 教授、同大 金属材料研究所の佐々木孝彦 教授、NICT 未来ICT研究所の齋藤伸吾 主任研究員(当時)、寶迫巌 所長らによるもの。詳細は2月22日(米国時間)発行の米国物理学会誌「Physical Review Letters」に受理され、オンライン版で近日中に公開される予定。

真空中の電子は、もっともよく知られた素粒子の1つだが、物質中においては、単独の粒子としてではなく、周りに存在する電子や原子との相互作用によって集団的に運動する。こうした多数の電子や原子の集団は、量子力学的(波としての性質を持つ)な粒子(準粒子)として理解することができることが知られている。例えば、原子の変位が波として伝わる音波(フォノン)や、磁気の波である(マグノン)などはその代表的なものであり、物質ごとに異なる準粒子を発見することは、物質の電気的、磁気的な性質を光、電場、磁場などの外場によって制御するために不可欠だと研究グループでは説明する。

強誘電体は、電気の偏り(分極)が、原子やイオンの変位の向きが同じ方向に配列(秩序化)することによって生じることを応用してメモリやピエゾ素子などに用いられているが、近年、通常の誘電体のように原子の移動や分子の配列ではなく、電子雲の変形によって電気分極が形成されている誘電体「電子型誘電体」を用いることで、従来比で1000倍の速さで制御できることが期待されるようになってきた。しかし、この電子型誘電体において準粒子は見つかっていなかったという。

そこで今回の研究では、光の周波数が1THz程度の遠赤外線のパルス光(パルス幅~1ps)の「テラヘルツ光」を用いて、電気分極の集団応答による準粒子を捉えることに挑んだ。

具体的には、有機パイ電子系の誘電体「κ-(BEDT-TTF)2Cu2(CN)3」という物質を用いて観測が行われた。

図1 「κ-(BEDT-TTF)2Cu2(CN)3」の結晶構造

同物質をテラヘルツ時間領域分光によって測定したところ、光学伝導度スペクトルは、1THz付近に特徴的なピークを持つことが確認された。この特徴的なピークは、これまでの電気的な測定から得られた電気分極の温度依存性や、理論的に予測される準粒子の光電場の振動方向に対する依存性との一致から、電気分極の集団が、波として伝わっていく新しい準粒子によるものだということが判明したという。

また、新たに見つかった準粒子は、温度を下げると、電気分極の準粒子によるテラヘルツ応答の強度が増大し、低温で準粒子が増殖するといった電気分極が秩序化している領域が大きくなり電気分極集団のドメインとして成長することが示されたほか、近赤外のフェムト秒パルス光を照射した場合でも、電気分極の集団が実効的に冷却され温度を下げた場合と同様にこのドメインが成長することも発見され、これにより近赤外光の照射が電気分極を秩序化できることが示されたこととなった。

図2 テラヘルツ時間領域分光の実験装置図。テラヘルツ光(紫線)電場の時間波形をゲート光(黒線)のEO(電気光学)検出法によって測定できるほか、励起光(赤線)照射後のテラヘルツ電場波形の変化を測定することもできる。この測定は、光励起-テラヘルツプローブ分光と呼ばれる

図3 (a)κ-(BEDT-TTF)2Cu2(CN)3のテラヘルツ光領域の光学伝導度スペクトル。準粒子による1THzのピークが赤丸で囲まれている。(b)準粒子による1THz近傍のピークの拡大図。通常、この周波数領域にみられるのはフォノンによるピークだが、それに比べるとはるかに幅が広く、しかも中央部に、フォノンとの量子力学的な相互作用(ファノ干渉)を示す大きな窪みが見られる。(c)電気分極の準粒子の模式図。電子の偏りが、反転しながら物質中を伝搬する。(d)(b)のスペクトル強度の温度依存性。準粒子による1THzのピークが、低温で増大することは、電気分極の集団からなるドメインが成長することを示す

光の照射により物質の電子の秩序が変化する現象は、「光誘起相転移」と呼ばれており、超高速光スイッチへの応用などに向けて研究が進められている。通常、光の照射は電子の有効温度を上昇させるため、秩序を融解させるが、今回の研究で観測された準粒子の光増殖は、光を照射することで電子を冷却し、秩序を成長させることが可能であることを示した特異な現象であり、理論的な解析から、同物質は2つの異なる秩序状態が接する境界付近にあるため、電子が柔らかな状態にあることが示されたことから、研究グループでは、この電子のフレキシブルな性質が、テラヘルツ光やフェムト秒光パルス光の刺激で増強され、電気分極集団の波(準粒子)としての振る舞いや秩序の増大などの光応答を導いていると考えられると説明する。

図4 テラヘルツ光で見る分極ドメイン("電子の偏り"の秩序)。(a)温度変化による分極ドメインの成長。(b)光照射後、ピコ秒時間スケールで起こる分極ドメインの成長

なお、研究グループでは電子型誘電性を活用することで光を用いた電子(電荷とスピン)の複合した秩序(マルチフェロイクス)の新しい光やテラヘルツ応答現象の開拓、将来の超高速光メモリへの応用が期待されるとするほか、今回の成果である光による分極集団の冷却(秩序の増大)は、強誘電性だけでなく、超伝導や強磁性などの多重な秩序を光で制御する超高速オプトフェロイクスの開拓にもつながることが期待できるとコメントしている。