東京大学は10月9日、変形性関節症の根本治療につながる、関節軟骨組織を保護し再生させる低分子化合物「TD-198946」を同定し、その作用機序が転写因子「Runx1」を介していることを発見したと発表した。
成果は、東大大学院 医学系研究科 疾患生命工学センター 臨床医工学部門の矢野文子特任助教、東大大学院 工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻(医学系研究科兼担)の鄭雄一教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、10月5日付けで学術誌「Annals of the Rheumatic Diseases」オンライン版に掲載された。
「変形性関節症」は四肢や脊椎の関節軟骨が摩耗する病気で、高齢者の生活の質(QOL)を低下させ健康寿命を短縮させる、「ロコモティブシンドローム(運動器症候群)」の代表的疾患だ。骨粗鬆症や関節リウマチよりも多くの高齢者が罹患し、介護保険では要支援の原因疾患の第1位になっている病気で、国内の有病者数は2000万人以上と推計されている。
近年、骨粗鬆症や関節リウマチの治療法の研究が進み、患者に多くの恩恵をもたらすようになってきた。例えば、骨粗鬆症に対する「ビスフォスフォネート製剤」や「抗RANKL抗体」、関節リウマチに対する生物製剤による「抗サイトカイン療法」の開発などがその代表だ。
ただし、変形性関節症に対しては対症療法しかなく、軟骨組織再生を誘導する根本的な治療法はこれまでなかった。そこで研究グループは今回、関節軟骨組織の軟骨基質合成を促進し、再分化させる作用を持つ低分子化合物を同定することを目指して研究を進めた形だ。
変形性関節症の中でも変形性膝関節症において、「軟骨内骨化」の後期に見られる軟骨細胞の「肥大分化」に類似した現象が見られることから、「軟骨基質」を合成し、肥大分化促進分子を抑制することによって変形性膝関節症の発症・進展を抑えられる薬剤を同定するためのさまざまな解析が行われた。
その結果、武田薬品工業が開発した低分子化合物TD-198946が軟骨分化・軟骨基質を合成し、肥大分化を促進しないことを発見したのである。TD-198946は軟骨の初期分化に重要な役割を果たすRunx1を強く誘導し、関節軟骨の保持に寄与していることが判明。
さらにRunx1は、軟骨の構成成分である「2型コラーゲン」を直接誘導していることも確認された。動物を用いた検証では、マウスの変形性関節症動物モデルにこの化合物を投与すると、変形性関節症の進行を抑制することが示されたのである(画像)。
下の画像は、マウスの膝関節の変形性関節症負荷モデルにおける関節軟骨の変化を撮影したもの。変形性膝関節症を誘導するマウスモデルにおいて、生理食塩水投与群では明らかな軟骨(赤染色)の破壊が見られるが、TD-198946投与群では軟骨破壊が抑制されているのがわかる。
今回の研究では、これまでは対症療法でしかなかった変形性膝関節症の治療を関節軟骨の変性予防や、修復・再生といった本質的な治療を目指して、新規関節軟骨再生誘導薬の開発が検討された形だ。
なお、病的な変形性関節症を誘発する条件下では、軟骨肥大化を抑制するRunx1と低分子化合物は、変形性膝関節症の画期的な原因治療薬の開発につながる可能性があると、研究グループはコメントしている。