九州大学(九大)と科学技術振興機構(JST)は、脊髄に分布する「ミクログリア」から分泌される「炎症性疼痛」起因物質である「インターロイキン-1β(IL-1β)」ならびに「IL-18」の産生に、「リソソーム酵素カテプシンB」が関与していることを突き止めたと発表した。

成果は、九大 大学院歯学研究院の中西博教授らの研究グループによるもの。今回の研究は、JST戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の一環として行われ、詳細な内容は米国東部時間8月15日付けで米国神経科学学会雑誌「The Journal of Neuroscience」にオンライン掲載された。

脊髄ミクログリアの産生分泌するIL-1β/IL-18は、慢性疼痛の発症において重要な役割を果たす「サイトカイン」として知られている。中西教授らはこれまでに、ミクログリアにおいて「クロモグラニンA」刺激で誘導されるIL-1βに関し、カテプシンB欠損あるいはカテプシンB特異的阻害剤「CA074Me」が、IL-1βの活性化ならびに細胞外への分泌を抑制することを見出していた。

さらに、カテプシンBはミクログリアにおいてIL-1β/IL-18の活性化酵素である「カスパーゼ-1」の活性化を促すことも明らかにしていたのである。このような背景から、中西教授らは今回、慢性疼痛発症におけるカテプシンBの関与を検討した次第だ。

「アジュバント」を野生型マウスの後肢足裏に投与して発症する慢性疼痛では、脊髄に分布するミクログリアにおいて疼痛起因物質IL-1β/IL-18の産生が認められる。ところが、カテプシンB欠損マウスでは、アジュバントを投与しても慢性疼痛は発症せず、また脊髄に分布するミクログリアにおけるIL-1β/IL-18の産生も認められなかった。

一方、アジュバント投与に伴うマウス後肢の炎症部位に集積するマクロファージにおけるIL-1β/IL-18の産生は、カテプシンB欠損の影響を受けなかったのである。このことから、カテプシンB欠損マウスで慢性疼痛が発症しないのは、アジュバント投与により炎症が惹起されないためではないことが確認された。

さらに、カテプシンB特異的阻害剤CA074Meを野生型マウスに「髄腔内投与」した場合、アジュバント投与により発症する慢性疼痛は有意に抑制された形だ。また、クロモグラニンAを髄腔内投与した場合、野生型マウスでは疼痛の発症や脊髄に分布するミクログリアにおけるIL-1β/IL-18の産生が認められたが、カテプシンB欠損マウスにおいては認められなかった。

中西教授らが「予想外」としたのが、カテプシンB欠損が、脊髄神経切断により発症する「神経障害性疼痛」には影響しなかったことだ。すなわち、神経障害性疼痛発症における役割が知られているATPあるいは「リゾホスファチジン酸」の髄腔内投与で発症する疼痛には影響がなかった。このことから、クロモグラニンAは、炎症性疼痛に特異的なミクログリア活性化分子であることが考えられる。

画像1。IL-1β/IL-18産生ならびに疼痛発症に至る一連の流れを表した、カテプシンBの炎症性疼痛における役割についての模式図

IL-1β/IL-18産生ならびに疼痛発症に至る一連の流れは、以下の通りだ。

  1. 炎症に伴い脊髄後角において一次侵害ニューロンから分泌されるクロモグラニンA量が増大する。
  2. クロモグラニンAにより活性化されたミクログリアではカテプシンB量が増大し、カテプシンBにより「プロカスパーゼ-1」が活性化される。
  3. カスパーゼ-1はIL-1β/IL-18の産生分泌を引き起こす。
  4. ミクログリアより産生分泌されたIL-1β/IL-18は、脊髄後角ニューロンにおいて「シクロオキシゲナーゼ-2」を誘導する。シクロオキシゲナーゼ-2の働きで産生された「プロスタグランジンE2」は、脊髄ニューロンにおいて抑制機能を担う「グリシン受容体」の機能を抑制し、「脱抑制」を引き起こすことで疼痛を発症する。

よって、カテプシンBは脊髄に分布するミクログリアの産生する疼痛起因物質IL-1β/IL-18の産生を制御することで炎症性疼痛発症において重要な役割を果たすと考えられるというわけだ。

今回の研究は、カテプシンBがカスパーゼ-1の活性化を介してIL-1β/IL-18の脊髄に分布するミクログリアにおける産生分泌を促し、炎症性疼痛の発症に関与することを初めて明らかにしたものである。

慢性関節リウマチなどの慢性炎症に伴う痛みを抱えている人は、世界人口の20%という推定だ。長期間持続する慢性痛は患者のQOL(生活の質)を低下させるだけでなく、鬱などの精神疾患の誘因にもなってしまうため、痛みの緩和治療が社会的にも求められている。

しかし、現在臨床に使用されているシクロオキシゲナーゼ-2阻害活性を持つ非ステロイド性抗炎症薬の長期使用は、胃腸障害など副作用が特に高齢者に多発し、より有効かつ安全な新しい炎症性疼痛治療薬の開発が切望されている状況だ。

今回の研究成果は、カテプシンBが炎症性疼痛に対する治療薬開発における新たな標的分子となることを提示するものであることから、今後、「経口投与」可能なカテプシンB特異的阻害剤の開発を行い、炎症性疼痛に対する治療薬としての可能性を検討する予定と、中西教授らは語る。

この研究成果は、慢性関節リウマチなどの慢性炎症に伴う疼痛の発症メカニズムを理解する上で新たな知見であると共に、カテプシンBを標的とした新しい鎮痛薬開発への可能性を提示するものとした。