物質・材料研究機構(NIMS)は、金属ガラスに5GPaの高圧下で巨大な剪断ひずみを付与する事で、硬度や弾性率が顕著に減少する異常軟化現象を発見。この異常軟化に伴い金属ガラスを常温で変形したときに発生する剪断帯が抑制されることも併せて明らかにしたと発表した。同成果は、NIMS構造材料ユニットの土谷浩一 副ユニット長(東北大学金属材料研究所客員教授 平成24年4月1日~平成24年9月30日)、孟凡強 NIMSジュニア研究員、井誠一郎 主任研究員、東北大学金属材料研究所 金属ガラス総合研究センターらによるもので、詳細は2012年9月20日発行の「Applied Physics Letter」に掲載された。

金属ガラスは金属元素を主成分とする非晶質材料の一種で、非晶質の安定性が高くガラス転移を示す材料だ。通常の結晶性金属材料とは異なり変形を司る転位や結晶粒界などの欠陥が存在しないため同様な化学組成の結晶性金属と比べて高い強度を有し、耐食性、軟磁気特性にも優れているなどの特長があるため、現在、磁気部品、マイクロギア、ゴルフクラブヘッド、ショットピーニング投射材などへ応用されるようになっている。また材料開発や構造、特性評価に関する研究が盛んに行われている。しかし、金属ガラスを常温で変形すると、変形が局在化しやすく剪断帯を形成して破断するため延性に乏しいため、応用範囲は限られたものとなっていた。

土谷副ユニット長らの研究チームはこれまで、高圧下で試料にねじり加工を加える加工法(高圧ねじり加工:High-Pressure Torsion、HPT)をチタン合金、金属間化合物などに適用し、構造・組織の変化と物性、力学特性への影響について調べて来たが、今回の研究でも同手法をZr50Cu40Al10の化学組成を有する金属ガラスに適用し、その構造、熱的挙動、力学特性の変化を系統的に調べた。

図1はナノインデンテーション法で測定された硬さ(強度)と弾性率をHPT 加工におけるアンビルの回転数に対してプロットしたもの。回転数の増加とともに強度、弾性率が低下していることが分かるが、この様に加工することで強度や弾性率が大きく低下する現象は通常の結晶性金属には見られない異常な現象だという。しかし50回転加工後の試料を400℃で1時間熱処理すると強度も弾性率もほぼ元の値に戻り、この強度・弾性率低下が微細なクラックなどによるものでは無く、原子レベルの構造変化によるものであることが示されたのだ。

図1 HPT加工による弾性率と硬さの変化。□、○は50回転加工した試料を400℃で1時間熱処理した後の値

図2はナノインデンテーション後の圧痕の走査プローブ顕微鏡像。加工前の試料では圧痕の周囲にアーク状の剪断帯が多数みられ、塑性変形が局在化している事が示されている。HPT加工の回転数の増加と共に剪断帯の数は減少し50回転加工後は剪断帯生成は抑制されており、塑性変形がより均一に起こっている事が示されている。

図2 ナノインデンテーション圧痕の走査プローブ顕微鏡像のHPT 加工と熱処理(400℃、1時間)による変化

HPT加工した試料の構造変化はすでに放射光による動径分布関数の測定により調べられており、それによると、HPT加工は原子配列をより液体に近い構造へと変化させる、構造若返り(structural rejuvenation)と呼ばれる現象を引き起こす事が明らかになっており、今回の研究の結果とよく対応するものであるという。

今回の研究結果は、構造若返りにより金属ガラスの力学特性が顕著に変化し、変形の局在化を抑制する事を世界で初めて明らかにしたものであり、これにより従来、従来ガラス転移以上の温度域で行われていた金属ガラスの加工を常温で行える可能性が示唆されたこととなる。そのため、研究グループでは、今後の金属ガラスの応用拡大につながることが期待できるとしている。