東北大学(東北大)は8月6日、微小電気機械システム(MEMS)技術を用いてSiC基板上にナノの表面ステップ(段差)を抑制したデバイス構造を作製することにより、グラフェンのデバイス応用において課題だった微視的な層数分布および電子状態を制御したグラフェンを精密成長させる技術の開発に成功したと発表した。
同成果は、同大 電気通信研究所の吹留博一准教授らによるもの。東北大学工学研究科 川合助教、宮下助教、エルランゲン大学(ドイツ) Seyller教授、高輝度光科学研究センター 小嗣博士、大河内博士、木下博士、弘前大学と共同で行われた。なお、研究の詳細は、8月6日発行の「Applied Physic Letters」に掲載された。
炭素の2次元物質であるグラフェンは、Siの100倍以上のキャリア移動度を有している他、熱的・化学的にも安定している。このため、Si集積回路に代替となる次世代デバイス材料の1つとして、全世界的に開発が進められている。グラフェンのデバイス応用においては、大面積かつ高品質なグラフェンの作製技術が不可欠と言われており、成長技術として触媒金属やパワーデバイス・MEMSで用いられるSiC基板表面への、グラフェンのエピタキシャル成長法の確立が期待されている。このうち、触媒金属を用いた成長法は、金属汚染の影響を受けること、絶縁性基板への転写の必要があることなどの課題がある。これを克服する対策として、SiC基板上にグラフェンをエピタキシャル成長させる手法が、デバイス用のグラフェン膜の作製技術として有望視されている。実際、SiC基板表面に成長させたグラフェン・エピタキシャル膜(EG)は、ウェハスケールで高品質な膜であることが明らかにされている。
しかし、現状のEG成長法では、SiC表面の原子ステップ近傍で層数にバラつき(微視的な層数分布)が生じるという欠点がある。グラフェンの電子物性・デバイス特性は層数に強く依存するため、グラフェン・デバイスの実用化には層数分布の抑制が不可欠となる。このため、層数分布を抑制したグラフェンのエピタキシャル成長技術の開発が求められていた。
層数分布の抑制には、層数分布の源であるSiC表面の原子ステップ密度の低減が不可欠となる。このステップ密度の低減には、基板微細加工により、表面反応(ステップ運動)の空間的閉じ込めが有効であることが知られている。実際に、微細加工Si基板上でSi原子を昇華させることにより、原子ステップが存在しない表面を作製することが可能であることが報告されている。この方法は、Si表面反応だけでなく、グラフェンのエピタキシャル成長を含む他の表面反応にも使用できる。
これらを踏まえ研究グループは、MEMS技術を用いて微細加工を施したSiC基板表面へのエピタキシャル成長によりグラフェン層数分布のバラつきの無いグラフェン膜の作製技術の研究を進めた。基板微細加工は、東北大学マイクロ・ナノマシニングセンターにて、電子ビームリソグラフィと、MEMSにおいて良く用いられるSF6を反応ガスとして用いた高速原子線エッチングにより行った。基板微細加工表面上へのグラフェンの成長は、ドイツ・エルランゲン大学にて、Ar雰囲気下にて基板を1600℃付近で加熱することにより行った。
作製された試料の表面構造評価は、大型放射光施SPring-8の理研ビームラインBL17SU設置の分光型光電子・低速電子顕微鏡(SPELEEM)を用いて行われた。この結果、微細パターンの無い領域やデバイス構造が大きい領域では微視的なグラフェン層数分布が観察されるのに対して、デバイス構造が小さい領域では微視的な層数分布の無い単層グラフェンが得られることが明らかになった。
図2 SPELEEMによる基板微細加工グラフェンの構造。視野の直径は50μmに相当する。大きいデバイス構造や外の領域では白黒のコントラストが観測され、グラフェンの層数が異なる様子が確認された。一方で小さいデバイス構造ではコントラストが無く均一な単層グラフェンが観測されている |
さらに、顕微Raman分光およびSPELEEMを用いてグラフェンの電子状態評価を行った結果、デバイス構造が小さいほど(グラフェンの品質が高い程)、グラフェン中の電子ドーピング量が減少することが明らかになった。この減少に対する理由の1つとして、基板表面のステップが減少するとともに、負に帯電した欠陥の減少が挙げられるという。
図3 基板微細加工によるグラフェンの構造および電子状態の概念図。大きなデバイス構造では、表面に原子ステップが存在するため、より多くの電子がドーピングされている。一方、小さなデバイス構造では、原子ステップが存在せず、均一なグラフェンが形成され、電子ドーピング量も小さくなる。このようなデバイスサイズの制御により、電気特性の異なる素子作成の可能性が示された |
今回の研究は、MEMS技術で作製したデバイス構造を利用することで、デバイス応用に適した構造および電子状態を精密にグラフェン成長膜に構築することに成功したというもので、これにより次世代デバイス材料であるグラフェンの特徴を活かした(巨大キャリア移動度)高信頼性電子およびフォトニックデバイス開発において重要な技術になると研究グループではコメントしている。