物質・材料研究機構(NIMS)は、オークリッジ国立研究所の研究グループと共同で、室温で機能する「スレーター絶縁体」の開発に成功したと発表した。

スレーター絶縁体とは、金属的な性質を示す結晶の電子エネルギーバンドが、電子スピンの秩序化による磁気構造の周期性に影響され、電子エネルギーバンド構造にギャップが生じ、絶縁体となる物質のこと。

今回の成果は、NIMS 超伝導物性ユニット強相関物質探索グループの山浦一成主幹研究員らの研究グループによるもの。研究は、科学技術振興機構 先端的低炭素化技術開発(ALCA)「スレーター材料のエネルギー変換機能の研究」の一環として行われた。研究の詳細な内容は、米物理学会の速報誌「Physical Review Letters」電子版に掲載される予定。

新材料や新素材の開発は、多くの研究分野で重要な課題であり、さまざまな物質系を対象にした研究が進展している。特にエネルギー問題や環境問題に関連が深い分野では、より優れた材料を得ることを目指した喫緊の課題となっているのはいうまでもない。

このような状況下で、研究グループはセラミックスを主な対象として、高温超伝導や強相関電子物性の研究を進めている。その過程で、2009年に合成に成功したのが、新素材の「ペロブスカイト型オスミウム酸化物(NaOsO3)」(画像1)だ。

この新素材は十分な高温では金属的な性質を示すが、140℃以下の温度では絶縁体になるという特徴を持っている。しかし、この導電性の消失に関するメカニズムについては、その後の継続的な研究でも明確な結論が得られてこなかった。

画像1。ペロブスカイト型オスミウム酸化物の結晶写真(左図)とその結晶構造の模式図(右図)。白丸はナトリウムイオン、赤丸は酸素イオン、八面体の中心部分にオスミウムイオンがある

NIMSで合成されたペロブスカイト型オスミウム酸化物は、磁性と導電性を有するセラミックスだ。前述したように十分な高温では金属的な性質を示すが、140℃を境に急激に導電性を消失して、室温付近では絶縁体になる。

この導電性の急峻な変化に関するメカニズムを明らかにするために、研究グループでも独自の研究を進めてきたが、明確な結論は得られてこなかったという。

しかし研究の過程において、導電性の変化と、このセラミックスの固有の磁性との間に強い相関があることが示唆されたことから、これまでの実験結果を総合的に考察した結果、この導電性の変化は、これまでに限られた物質で観測されてきた「スレーター機構」と同じメカニズムで引き起こされている可能性が高いと考察したのである。

この可能性を検証するため、オークリッジ国立研究所の研究グループと共同で主に中性子線回折法によって試料の結晶構造や磁性、それらと導電性の消失との関連が詳細に調べられた。

実験の結果、この電導性の消失と磁気秩序の発達には確かに強い相関があること、この相関は結晶構造の変化を伴わないこと、磁気秩序の周期性がスレーター機構から予測される周期性と一致することなど、スレーター機構を強く示唆する結果が得られた形だ。

今回の実験から推定されるペロブスカイト型オスミウム酸化物の電導性の消失に関するメカニズム、つまりはスレーター機構を模式的に示したのが画像2である。

画像2の左は、電子スピン(緑色の矢印)の秩序化によって結晶の最小周期が2倍になった様子を模式的に示したもの。右は、左の結晶の周期性の変化に対応する「電子バンド構造」の変化の模式図だ。周期性の変化によってエネルギーギャップが開き、金属的なバンド構造が絶縁体的に変化する様子を示している。

画像2。スレーター機構の模式図

これまで、電導性の消失に関するメカニズムとして、伝導電子間の強い「クーロン相互作用」によって引き起こされる機構や格子欠陥や不純物などによって引き起こされる機構などいくつか知られている。しかし、スレーター機構の研究例は限られており、これについてはおそらく、研究に適したモデル物質が少なかったためと考えられている。

今回の研究によって、スレーター機構の研究に最適なモデル物質が開発されただけでなく、新素材として応用展開できる可能性が新たに出てきたこととなり、今後、関連物質の探索や特性向上を目指した研究が進めば、スレーター機構の理解が深まると共に、これまでにない特性を示す新材料シーズを開発できる可能性があると研究グループは述べており、具体的には、テラヘルツ領域の信号を検出する固体素子や新熱電変換材料の開発が期待できるという。