産業技術総合研究所(産総研)は、富山大学との共同により、昆虫の生存に必須の「細胞内共生細菌」が母虫の体内で初期胚へ伝達される瞬間を画像としてとらえることに成功し、宿主昆虫が細胞の分泌・物質取り込み機能を利用して必須共生細菌を選択的に次世代へ伝える仕組みを明らかにしたと発表した。

成果は、産総研 生物プロセス研究部門 生物共生進化機構研究グループの古賀隆一主任研究員、深津武馬研究グループ長、富山大学 先端ライフサイエンス拠点の土田努特命助教らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、「米科学アカデミー紀要(The Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America:PNAS)」電子版に日本時間4月20日、雑誌版は5月15日号に掲載された。

昆虫類は高度な生物機能を持つ細菌と共生することで、さまざまな環境に適応している。こういった共生関係の内、宿主昆虫の細胞内に細菌が入り込むものを「細胞内共生」という。

農業害虫のアブラムシは、普通の動物が必要とする必須アミノ酸やビタミン類がごくわずかしか含まれていない植物の師管液をエサとしている。このような栄養的に偏ったエサだけで生きていけるのは、細胞内共生細菌「ブフネラ」がこれらの不足栄養素を供給しているからだ。

細胞内共生細菌とは、宿主生物の細胞内に入り込んで生存している細菌のことである。人を含む真核細胞の小器官である「ミトコンドリア」や、植物の「葉緑体」は真核細胞の進化の初期に細胞内共生によって獲得された細菌が由来であると考えられている(細胞内共生説)。

アブラムシの体内には「菌細胞」という共生のための特別な細胞が多数あって、ブフネラはその細胞内に存在する(画像1)。一方、多くのアブラムシ類は、ブフネラに加えて「セラチア」や「レジエラ」など、ほかの共生細菌も体内に共存させている。

それらは宿主の生存や繁殖には必須ではなく、「任意共生細菌」と呼ばれるが、高温への耐性、寄生者への抵抗性、寄主植物範囲の拡大など、さまざまな環境適応に関わっていることが確認済みだ。

任意共生細菌はブフネラとは異なり、細胞内(画像2)だけでなく体液中にも多く存在する。アブラムシの共生細菌は、母虫の体内で発育中の胚に伝えられることが観察されていたが(画像2)、その詳細な過程はわかっていなかった。

エンドウヒゲナガアブラムシの共生器官「菌細胞塊」(菌細胞が多数集まって形成された器官)及び初期胚。必須共生細菌ブフネラが緑、任意共生細菌セラチアが赤、アブラムシの細胞核が青で示されている。画像1(左)は菌細胞塊の全体像。画像2は初期胚の全体像。胚の後部(右側)から共生細菌が感染しているのがわかる。左下は、画像2の点線で囲った部分の拡大図

そこで研究グループは、共生細菌が伝達される部位を透過型電子顕微鏡により観察し、伝達過程の詳細を画像としてとらえることに成功した(画像3)。ブフネラは母虫の菌細胞の中で、自身の細胞壁に加えて宿主由来の細胞膜に包まれて存在しているが(画像4B)、初期胚の近くで特異的に菌細胞表面から突出して細胞外に放出され(画像4C)、初期胚から伸びる膜突起に捕捉されて(画像4D)初期胚に取り込まれる(画像4E)。

共生細菌伝達部位の電子顕微鏡観察。画像3(左)は伝達部位の全体像。画像4の(B)母虫の菌細胞(mb)の細胞膜が必須共生細菌ブフネラ(b)の細胞壁を取り囲んでいる。(C)母虫の菌細胞表面から突出する共生細菌。細胞の分泌機構「エキソサイトーシス」直前と思われる。菌細胞と初期胚の間隙には任意共生細菌セラチア(s)も見られる。(D)初期胚から伸びる膜突起にトラップされる共生細菌(細胞の物質取り込み機構「エンドサイトーシス」の開始)。(E)初期胚(em)に取り込まれた細菌の表面は胚由来の細胞膜に覆われている。細胞壁を構成する2枚の膜が白と黄の矢頭で、宿主由来の細胞膜が赤矢頭でそれぞれ示されている。また初期胚からの膜突起が黒矢頭で示されている

すなわち、アブラムシの初期胚の近くで、菌細胞は必須共生細菌ブフネラをエキソサイトーシスによって選択的に細胞外へ放出すること、そして隣接する初期胚はエンドサイトーシスによって放出された共生細菌を取り込むことが判明した(画像5)。

なお、エキソサイトーシスとは、真核細胞が細胞内の物質を細胞外へ放出する機構のことである。放出される物質は、細胞内では膜で包まれているが、細胞外に放出される際にこの膜を失う。その反対にエンドサイトーシスは、真核細胞が細胞外の物質を細胞内へ取り込む機構のことである。物質は、細胞表面において細胞膜で包み込まれるようにして細胞内に取り込まれるため、その直後は膜で包まれている。

画像5。画像1今回明らかにした共生細菌の母子間伝達の過程。必須共生細菌ブフネラ(緑)は(1)母虫の菌細胞から選択的に搬出され、(2)近傍の初期胚に取り込まれる。一方、任意共生細菌セラチア(赤)の選択的な搬出は認められず、体液中の細菌が(2)の機構を利用して感染する

このような共生細菌の高度な伝達機構は、アブラムシが生存に必須の共生細菌ブフネラを確実に子孫へ伝えるために進化したものと考えられる。

一方、任意共生細菌であるセラチアは菌細胞からは放出されず、母虫の体液中に浮遊するセラチアがブフネラの取り込みに便乗して初期胚に感染する過程が観察された。このようなセラチアの伝達過程は、アブラムシとセラチアとの共生進化の歴史の浅さを反映しているものと推察されている。

今回の結果から、母虫の菌細胞と初期胚が隣接する限られた領域において、必須共生細菌ブフネラが特異的に次世代へ伝えられることが判明した。すなわち菌細胞と初期胚の間には、分子レベルや細胞レベルにおける高度な相互作用の存在が示唆される。この母子伝達の分子機構の解明は、細胞内共生の成立要因を理解するうえで重要だ。

研究グループは、必須共生細菌の母子間伝達を阻害すると宿主昆虫は生存できないと予想されるため、その機構を解明することにより、従来にない作用機序による害虫防除法の開発に資する可能性も想定されるとコメントしている。

また、今後は菌細胞と初期胚の境界領域に特に着目して、次世代シーケンサを用いた網羅的遺伝子発現解析やプロテオーム解析を行うことにより、その分子機構に迫る研究を展開していきたいとした。