東京大学は2月22日、1970年以来の未解明であった「緑藻類ボルボックス目」の細胞内に共生するバクテリアの分子同定に成功し、植物細胞内に感染する「リケッチア科」のバクテリア「MIDORIKO」を発見したと発表した。成果は、東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の野崎久義准教授と、東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻博士課程1年の川舩かおる氏の研究グループによるもので、論文は米科学誌「PLoS ONE」オンライン版に日本時間2月22日に掲載された。

ヒトをはじめとする動植物の真核細胞の中には、ミトコンドリアという酸素呼吸をする細胞内器官がある。ミトコンドリアは、約20億年前にリケッチアに類似したバクテリア(真正細菌)が細胞内に共生したものに由来すると考えられており、真核細胞のミトコンドリアのDNAを調べると現生のリケッチアに近縁だ。

なおリケッチア科とは、「アルファプロテオバクテリア綱・リケッチア目」に属するバクテリアの1グループのことである。このグループのバクテリアは、すべて生きた生物の細胞外では増殖できないという特徴があり、リケッチア科には、ツツガムシ病の病原体である「オリエンチア・ツツガムシ(Orientia tsutsugamushi)」や日本紅斑熱病原体の「リケッチア・ジャポニカ(Rickettsia japonica)」などの病原性リケッチアも含まれる。

多くは昆虫、ダニといった節足動物の細胞内に共生しており、そのうち病原性リケッチアはダニやノミの吸血によって人に感染する仕組みを持つ。真核細胞に普遍的な細胞内器官であるミトコンドリアは、リケッチア科に近縁なバクテリアの細胞内共生が起源であると考えられている(画像1)。

一般に、こうしたある生物の細胞内に別の細胞が長い間共存している状態を「細胞内共生」という。細胞内共生の代表的な例として、マメ科植物の根の細胞内に共生するバクテリア「根粒菌」がある。根粒菌は植物に根粒という住みかを提供してもらう代わりに、宿主植物に根粒菌によって固定された空中の窒素を栄養源として利用できるという新しい機能を与えたというわけだ。

このように、細胞内共生によって複数の生物が関わり合うことは、新しい機能の獲得による高次生命体への進化の大きな原動力となる。ミトコンドリアの他に、植物細胞の「葉緑体」も昔は別のバクテリア(シアノバクテリア)であり、細胞内共生によって細胞内器官(葉緑体)へと進化したという考えだ(画像1)。

画像1。バクテリアが細胞内共生によって細胞内器官へと進化する過程の模式図

バクテリアの細胞内共生は真核細胞の起源と進化を解明する上で非常に重要な現象であるが、植物を用いたもので研究が進んでいるのは根粒菌とマメ科植物のような一部のものに限られていた。

一方、緑藻類のボルボックス目には、細胞内にバクテリアが共生している種類が40年以上前から確認済みだ。この共生バクテリアのDNAを「CsCl濃度勾配超遠心法」で分画する研究が行われた記録もある。ボルボックス以外の複数のボルボックス目で形態観察の報告はあったが、共生バクテリアの種類や性質については不明のままであった。

なおボルボックス目は、緑色の葉緑体を持ち水中に生息する緑藻の内、鞭毛を持ち遊泳する種が主に含まれる。現在ボルボックス目には、「クラミドモナス」に代表される単細胞の生物や、ボルボックス、「プレオドリナ」、「ゴニウム」などの群体性の生物が属しており、進化の一例として高校の教科書にも掲載されている。このうち、細胞内にバクテリアを持つものは1970年のボルボックスにおける発見を皮切りに、現在4種が報告済みだ。

バクテリアの分類同定には、リボゾームRNA遺伝子配列を用いた「分子同定」が一般的に用いられる。分子同定とは、生物の分類的位置や系統をDNA配列を用いて、既存の種のものと比較して推定することだ。DNA配列としては、幅広い生物群で調べられているリボゾームRNA遺伝子を用いることが多い。比較としては、DNAデータバンクを用いた検索、系統樹作成がある。

緑藻のような植物では、葉緑体DNAにバクテリアとよく似たリボゾームRNA遺伝子が存在し、その量も多いため、沢山の葉緑体の遺伝子の中から未知のバクテリアの遺伝子を選り分けて解析を行うことは困難だ。

今回、研究グループは緑藻ボルボックス目の仲間の内、単細胞で4本の鞭毛を持つ「カルテリア」の葉緑体のリボゾームRNA遺伝子に転移性のグループI「イントロン」が介在することを発見し、このイントロンの有無を利用してボルボックス目ではじめて細胞内共生バクテリアの分子同定を行うことに成功したというわけだ。また、過去によく似た細胞内共生バクテリアが発見されていた、群体性の緑藻プレオドリナにおいても、この結果を用いることでバクテリアの分子同定に成功している。

なおイントロンとは、遺伝子配列中に介在する、遺伝情報を持たない部位のことをいう。遺伝子配列が実際に使用される際には除去される仕組みだ。転移性のイントロンも時々存在し、RNAそのものが酵素活性を持ち、DNAから転写されたRNAが自分を伝令RNAから除去する。今回のグループIイントロンやグループIIイントロンが代表的な転移性イントロンだ。

バクテリアのリボゾームRNA遺伝子を用いた分子系統樹の構築による分子同定を実施した結果、カルテリアとプレオドリナ、2種類の緑藻の細胞内共生バクテリアはリケッチア科に所属することが明らかとなった(画像2)。

画像2。緑藻カルテリアとプレオドリナの細胞内共生バクテリアのリボソームRNA遺伝子を用いた分子系統解析の結果。今回の研究の成果に基づき、植物の細胞内共生バクテリアMIDORIKOがリケッチア科に属することが示された

リケッチア科に含まれるバクテリアは、前述したようにほとんどの種類が昆虫やダニなどの節足動物の細胞内に共生することが知られているが、今回発見されたリケッチア科のバクテリアのMIDORIKOは、節足動物ではなく植物細胞内に存在するという点でユニークである。

MIDORIKOの植物細胞内での存在を確証するために、MIDORIKOのリボゾームRNAだけに特異的に結合するDNA断片を用いた「蛍光染色(FISH)」を行ったところ、緑藻細胞内のバクテリアだけが染色され、MIDORIKOに特徴的な桿菌状の形状が観察できた(画像3)。リケッチア科と植物の共生関係は以前から疑われていたが直接の証拠はなく、植物細胞の中にリケッチア科のバクテリアが感染していることを明らかにしたのは今回の成果が世界で初めてである。

なお画像3だが、(A)は単細胞の緑藻カルテリアとその細胞内共生リケッチア科バクテリア MIDORIKOの模式図。(B)は、MIDORIKO(eの矢印)が感染した緑藻カルテリアの透過型電子顕微鏡写真(文献、Nozaki H, Aizawa K, Watanabe MM (1994) A taxonomic study of four species of Carteria (Volvocales, Chlorophyta) with cruciate anterior papillae, based on cultured material. Phycologia 33: 239-247.から転用)である。

そして(C)は、カルテリアの明視野光学顕微鏡写真。通常の観察では共生バクテリアのMIDORIKOを見ることは不可能だ。また、4本の鞭毛も見えていない。(D)は、Cの蛍光顕微鏡写真。DNAを染色する「蛍光試薬(DAPI)」を用いたもので、MIDORIKOのDNA(白い三角)が見られる。葉緑体は自家蛍光で赤色を呈する。

(E)と(F)はMIDORIKOのリボソームRNAに特異的に結合して光るDNA断片を用いたFISH。DAPI染色によるMIDORIKOのDNA(Eの白い三角)のみが、FISHで特異的に光っているのがわかり(Fの白い三角)、植物細胞内でのリケッチア(画像2)の存在が初めて確証された。"n" はカルテリアの細胞核である。

画像3。MIDORIKOの模式図とその関連する写真

ちなみにFISHとは、「蛍光 in situ ハイブリダイゼーションの」略称で、目的とするDNAまたはRNA配列と相補的なDNA断片を蛍光標識し、目的配列と結合(ハイブリダイゼーション)させた後蛍光顕微鏡で検出する技術を指す。目的の配列や、その配列を持つ生物のみを光学顕微鏡下で特異的に検出することができるものだ。

2種類の緑藻、単細胞のカルテリアと群体性のプレオドリナは系統的に比較的離れているが、それぞれの細胞に共生しているMIDORIKO同士は極めて近縁である。従って、これらの緑藻がリケッチア科バクテリアに感染して共生が始まったのは、進化的に見ると比較的最近であるという推測が成り立つ。

また、単細胞であるカルテリア宿主細胞の増殖を調べたところ、MIDORIKOを持っている株も正常に成長することがわかった。共生しているMIDORIKOは観察したすべてのカルテリア細胞内に存在が認められたことから、宿主のカルテリアが細胞分裂で増殖するとき、次世代にMIDORIKOがもれなく受け継がれるものと考えられる(画像4)。以上の結果から、宿主の緑藻と共生するMIDORIKOは、それほど悪くない「まずまずの関係」であるといえそうだという。

画像4。単細胞の緑藻カルテリアの大きさ(細胞サイズ)と、その細胞内に存在するMIDORIKOの数を比較したグラフ。カルテリアの全細胞にMIDORIKOの存在が見られ、その数はカルテリアの細胞が大きくなるにつれて増加する傾向が見られる

リケッチア科に含まれるバクテリアの中には、前述したようにオリエンチア・ツツガムシなどのように危険な病原菌もいる。培養が非常に容易な緑藻類、特に単細胞であるカルテリアからリケッチア科のバクテリアMIDORIKOが発見されたことから、今後、リケッチア科のバクテリアによる感染と宿主細胞内での増殖のメカニズムの研究が進展することが期待されると研究グループではコメント。

一方、リケッチア科のバクテリアは、ミトコンドリアの起源となったバクテリアに近縁であると考えられている。今回のMIDORIKOは宿主の緑藻細胞に悪影響を及ぼさないことが判明したが、MIDORIKOの存在による宿主細胞への明確な影響は今回の研究では明らかにできなかったことから、今後はMIDORIKOの宿主に対する具体的なメリットやデメリットを解析することが課題となる。

ミトコンドリアは太古の昔にリケッチアに類似したバクテリアが宿主細胞に悪影響を及ぼすことなく共生した結果であることは間違いないので、今回の宿主の植物細胞と「まずまずの関係」を持つMIDORIKOは、ミトコンドリアの共生進化の最初を知る重要な手がかりになることが予想されるとした。