科学技術振興機構(JST)は5月24日、独創的シーズ展開事業「委託開発」の開発課題「ヒト型患者ロボット「SIMROID」を含む歯科用臨床実習教育シミュレーションシステム」の開発結果をこのほど「成功」と認定したと発表した。

独創的シーズ展開事業・委託開発とは、大学や公的研究機関などの研究成果で、特に開発リスクの高いものについて企業に開発費を支出して開発を委託し、実用化を図っているというJSTのプログラムだ。同事業は、現在、「研究成果最適展開事業 研究成果最適展開支援プログラム【A-STEP】」に発展的に再編して継続して実施されている。

そのプログラムを活用して研究開発が行われた今回の課題は、日本歯科大学附属病院の羽村章病院長らの研究成果を基に、2009(平成21)年1月から2012(平成24)年1月にかけて、モリタ製作所に委託して、企業化開発(開発費2.3億円)を進めていたものだ。

これまで歯科教育現場において、歯を削るような実習にはヒトの顔面を模擬したマネキンに人工模型の歯を設置したものが使用され、実習生の技術・技能の向上に役立てられてきた。

しかし、実際の診療現場において、歯科医師には、正確で安全な治療行為だけでなく、治療中の患者の表情や動作に対するきめ細かな配慮や対応が求められる。しかし、マネキンや模型を用いた従来の実習では、「患者負担(表情や動作に対するきめ細かい配慮)を考慮する」ことの実現が難しい状況となっていることが課題となっていた。

これまで実習用に利用されてきたヒトの顔面を模擬したマネキンや模型は、当然ながら反応(表情・動作・会話)や対話形式での臨床実習機能がない。よって、臨場感を持った実習がなかなか難しいという弱点がある。例えば、実習生が不適切な診療を行ってもマネキンの表情や動作に反映されることがなく、ヒトが相手である実際の治療現場とは大きく異なっていた。

そうした現状から歯科医師の養成のため、リアルな診療を再現するインタラクティブ(対話式)な教育シミュレーションシステムが望まれていたのである。

今回開発されたSIMROIDを含む一式は、ヒトに非常に似ている外観と反応(表情・動作・会話)を備えたヒト型患者ロボット、及び多様な臨床実習プログラムに対応可能なソフトウェアから構成される対話型臨床実習教育シミュレーションシステムとなっている。

具体的には、ヒト型患者ロボットのSIMROID、患者ロボットを動作・制御するためのPC、実際の治療器具を配置した歯科用ユニット、及び一連の実習内容を記録するためのCCDカメラなどが構成内容だ(画像1)。

画像1。SIMROIDシステムの構成

実習に用いるSIMROIDは、女性型ロボット「アクトロイド-F」などで知られるココロが開発に協力しており、実習生に臨場感や緊張感を持たせる目的から、ヒトにそっくりな顔や形が実現されている。

さらに、患者ロボットは、眼球(上下左右)・まつげ・口・首(前後左右)・左手といった部位を動かすことができ、これらの動きを適時組み合わせることにより、ヒトらしいしぐさ(痛みや不快な表情)や歯科治療時に特有の反応(例:嘔吐(おうと)反射)を再現させることに成功した(画像2・3)。

画像2。SIMROIDの駆動可能部位。この顔の各部のほかに左手も上下させられる

画像3。嘔吐反射している表情の一連の写真

SIMROIDの操作及び実習の記録・再生などは、市販PCにインストールした専用ソフトウェアにて操作することができ、以下の機能が含まれている(画像4・5)。

  1. 臨床シナリオの作成・編集機能(臨床シナリオの種類は、任意に追加が可能)
  2. 臨床シナリオに適した動作・発話用ボタンのレイアウト機能
  3. 臨床実習の様子を2つのカメラで動画にて記録することが可能
  4. 再生機能及び評価コメントの追加が可能
  5. 2つの実習データを同時に比較・検討することが可能(時系列での比較、指導医によるお手本との比較、異なる実習者間での比較が可能)
  6. 多言語版対応機能(現状では、日本語・英語に対応可)

画像4。英語版におけるデータ記録画面

画像5。データ比較画面

また歯科実習用システムとして、(1)繰り返し行う技能実習、(2)患者に対するような医療面接、(3)実技試験のような客観的評価が必要とされる実習の3点が可能になるとした。

さらに、その3点のメリットを有することにより、教育現場において以下の7点の活躍が期待されるとする。

  1. 臨床実習前教育及び「共用試験」における「OSCE」での使用
  2. 臨床実習教育での使用
  3. 歯科医師臨床研修制度での使用
  4. 歯科医師が新たな治療技術を習得する際の生涯研修での使用
  5. 歯科医師国家試験実技試験(将来の実技試験導入時)での使用
  6. 歯科衛生士教育における臨床シミュレーション教育での使用
  7. 新たな歯科治療技術の開発や研修をする際の使用

なお、共用試験とは、臨床実習開始前に学生の知識・技能・態度を評価するための試験のことである。学生が臨床実習で患者に接し、医療行為を行う診療参加型の臨床実習(クリニカルクラークシップ)を実現するには、臨床実習開始前に基本的医学知識・技能・患者との基本的コミュニケーションを知っておくことが必要との認識に立っったものだ。

試験は共通基準を設けた組織的評価を行うために、知識の評価にはCBT(Computer Based Test)を、診察技能・態度の評価にはOSCEを用いる。基本的な臨床能力の確実な修得を目指す。

そしてそのOSCEとは、Objective Structured Clinical Examinationの略で、客観的臨床能力試験のことをいう。複数の課題をこなすためのステーション(試験場)を使用して、1ステーションあたり5~10分程度の時間内に臨床能力(問題解決能力、態度・技能)の評価を行う試験だ。

実習生の基本的技能や基本的臨床技能の質の向上と教育の効率化、また患者中心の医療の確立、医療の安全に貢献できると、開発チームはコメントしている。

また、今回の開発を成功と認定した理由だが、「ヒト型患者ロボットシミュレーターでは、瞬時の応答が必要な対話型臨床実習が可能になるだけでなく、研修者の一連の実習行為が時系列に記録、再生、評価できることから、客観的なフィードバックが可能となり、臨床技能の向上と教育の効率化を通じて安全でヒトに優しい医療への貢献が期待される」としている。

今回の開発では、「患者ロボットの応答時間:1秒以内」、「患者ロボットに装着された上顎(または下顎)模型の脱装着時間:10分以内」、を成否認定基準として開発が進められた形だ。

これまでの開発成果として、音声認識機能の付与、GUI(グラフィカルユーザインタフェース)ソフトの構築で「患者ロボットの応答時間:1秒以内」の達成、スキン材料の選定、顎模型取り外し構造の改良、顎模型データ転送接点の簡略化により「患者ロボットに装着された上顎(または下顎)模型の脱装着時間:10分以内」の達成が認められている。

さらに、患者ロボットには、リアルさと量産性の両立を目指して顔貌骨格やスキン金型が開発された。GUIには、OSCEに準拠した研修シナリオをユーザーが編集できる機能、研修動画を記録・比較できる機能が追加されている

以上の委託開発実施結果から、成否認定基準を達成し、成功終了とするのが適当であると考えると、独創的シーズ展開事業 委託開発プログラムディレクターの林善夫氏らが評価した次第だ。