国際電気通信基礎技術研究所(ATR)は、遠隔地にいる相手の存在を強く感じられる仕組みを持った存在感伝達メディア「ハグビー」(画像1)を開発し、販売を開始したことを発表。それに伴い、同製品を取り扱うヴイストンのロボットセンター 東京秋葉原店にて、4月26日に発表会を行った。
発表会では、ハグビーの開発を主導した、ATR石黒浩特別研究室室長(フェロー)兼大阪大学大学院基礎工学研究科教授の石黒浩氏(画像2)が解説を実施。そして、石黒氏がこれまで開発してきた「テレノイドR1」や「エルフォイド」などのアンドロイドの展示や、そのデザインの根源とその発展を紹介する「H.Ishiguroデザイン展 - 人と人を繋ぐロボットメディア -」(入場無料)についての解説も行った。同展示会は、4月27日から5月27日までの1ヶ月間行われる予定だ。
ここでは、ハグビーを中心に、「H.Ishiguroデザイン展」と4月20日に新装オープンしたヴイストン ロボットセンター 東京秋葉原店についてレポートする。
石黒氏といえば、ロボット業界どころか、世間一般でも名の知れた研究者だ。どちらが本人でどちらがロボットなのか見分けがつかないという、石黒氏自身にそっくりなアンドロイド「ジェミノイド」(画像3)のことは、特にロボットに興味がない人でも、テレビや雑誌などでご覧になった方も多いのではないだろうか。
なお、アンドロイドというのは、SFどころか普通に使われている言葉だが、現時点ではロボットのように学術的に明確に定義されているものではなく、石黒氏らが人に酷似したロボットということで使っている。
ジェミノイドは、デザイン的な観点から見ると人に似せるという意味では究極を目指した「マキシマムデザイン」だが、その一方で石黒氏はその対極の「ミニマルデザイン」についての研究も行っている。
2010年に発表された赤ん坊ぐらいのサイズをした小型の遠隔操作型アンドロイドのテレノイドR1や、その携帯電話型として2011年に発表されたエルフォイドがそれらを採用したロボットだ(画像4・5)。
画像4。石黒氏が右手に抱いているのがテレノイドR1。左手のハグビーが、テレノイドR1とデザインが一緒なのがわかる |
画像5。エルフォイド。正確には、エルフォイドと同じ外見をした「エルフォイドドール(ストレスリリーサー)」だが、会場のあちこちに吊されたり飾られたりしている |
ミニマルデザインとは、人だということはわかるが、性別もわからなければ年齢もわからず、見る人の気分や思い込みなどでどのようにでも見えてしまうという不思議なデザインである。
テレノイドR1やエルフォイドは写真を見てもらえばわかる通り、肌の色は白いし、特徴らしい特徴もなく、一見すると不気味だ。しかし、自分の目で直接見てみると、これがまた実に不思議なことが起きる。H.Ishiguroデザイン展にもテレノイドR1やエルフォイドが展示されているのでぜひ直接見ていただきたいのだが、本当に見る人の思い込みなどで、顔が随分と変わって見えてくるのだ。
例えば、エルフォイドのデザインの変遷としてプロトタイプが何体も展示されているのだが、その内の1体(ややピンク色をしているのが特徴)を筆者が見た時、勝手に石黒氏の顔をモデルにしたものと思い込んでしまった(画像6)。
しかし、実際にはそのモデルは女性だったという。しかも、その説明を聞いた途端、そのプロトタイプの顔つきが女性らしく柔らかさが増したように見え、脳がどれだけ視覚を変化させているかという、バイアスのかかりやすい感覚であることを実感させられたのである。
そのため、テレノイドR1もエルフォイドも、携帯電話のように通話メディアとして使えるのだが、知っている人の声が聞こえてくると、すぐにそれが影響して、相手の顔に見えてくるそうである。よって、海外も含めてすでにテレノイドR1などを使った実験が行われているが、お年寄りは孫の声が聞こえてくると、本当に孫がそこにいるかのように抱きしめて喜んで話をするそうだ。
前置きが長くなったが、今回の主役であるハグビーは、そのミニマルデザインが採用されいる。外見だけ見たら、テレノイドR1のヌイグルミといった感じだろう。基本的に抱きしめたり握ったりして使うのは、テレノイドR1と同じだ。全長は75cmで、重量は600g。表面素材は伸縮性生地で、クリーニングすることも可能だ。内部素材は発泡マイクロビーズで、触り心地、抱き心地のいいのが特徴である。
ここまで書いて、ロボットっぽくないと感じた方もいるだろうが、実はその通り。メカは一切搭載しておらず、抱き枕+携帯電話フォルダというのが正解。後述するメカニズムを搭載するバージョンも開発中だが、今回は頭部にあるポケットにスマートフォンや携帯電話などを入れ、そして抱っこしながら通話できるというものである(動画1)。
テレノイドR1も抱っこしながら通話するという使い方だが大きく違うのは、こちらはサーボモータを搭載しており、首を振るなど会話に合わせて動作を行う点だ(動画2)。よって、テレノイドR1が市販できればいいのはもちろんなのだが、現状、100万円近い価格となってしまうそうで、なかなか一般販売は難しい(購入するのは研究者ぐらい)。
それに対し、ハグビーは自ら動くことはないにしても、テレノイドR1に近い使い方ができ、実際に購入することが可能という点が大いに異なる。東京秋葉原店を含めたヴイストンのロボットセンターや、同社のWebショップで購入可能で、4935円。その効果を実際に確かめられるというわけだ。カラーリングは複数用意されており、オレンジ、グリーン、ピンク、ブラック、ブルーの5色。
なお、携帯用ポケットのないバージョン「ハグビークッション」も同時発売で、こちらは3990円となっている。カラーリングは、イエロー、オレンジ、ピンク、ブラック、ブルー、ライトブルー、レッドの7色。
ちなみに、どうしてテレノイドR1から通話以外の要素として「抱きしめる」などの触覚に訴えることを抽出してハグビーにしたかというと、遠隔地の相手が目の前に存在するかのように対話できる要素として、「触覚」が大事であることが石黒氏の研究の中でわかってきたからだ。
握ったり、抱きしめたりしながら対話することで、聴覚だけでなく触覚も通して相手の情報を得る(実際には相手の情報を得ているように感じているだけだが)ことが、相手の存在感を強く感じる効果的な方法だという。具体的な効果としては、疑似ゼロ距離での対話による親近感の向上、高齢者などのコミュニケーション動機やコミュニケーション機会の増加などが期待されるとしている。
さらに、石黒氏は臭覚に関するアプローチも行っており、今回は専門家が調合したハグビー用のアロマ「アロマ フォー ハグビー」も用意(画像7)。石黒氏にうかがったところによれば、視覚と聴覚は思い込みなどで随分と変化してしまう(見間違い、聞き間違いは日常茶飯事)、臭覚はそうしたバイアスがかかる余地が一切ないので、実は非常に人に対する働きかけが大きいという。
このように、味覚を除いた四感に訴える作りになっている点も、ハグビーやテレノイドR1の特徴というわけだ。聴覚だけのコミュニケーションだった携帯電話が、それだけ多くの感覚に訴える新たなメディアとして進化した装置なのである。
また、相手の存在感をより強く感じるモデルとして、今回のハグビーと同時に発表されたのが、ハグビーのバイブレータ機能を搭載した上位モデル「ハグビー ウィズ バイブレーション」だ(画像8)。こちらは、通話相手の声をマイクロフォンで捉えてマイコンで解析して、相手の鼓動をバイブレータで再現するという仕組みで、より通話相手を身近に感じられるようになっているという。
声が大きくなった時は鼓動も強く速めになるし、声が小さくなった時は弱く遅めになる。相手が話をしていない時にも鼓動は再現されるので、会話に間が空いた時でも鼓動は再現されるので、相手の存在感を感じていられるというわけだ。まさに相手が腕の中にいるような感覚を味わえるのである。お年寄りと孫、親と幼児、夫婦、恋人など、親しい間柄で利用すれば、非常に相手の存在感を感じられ、ただの携帯電話が「存在感伝達メディア」にまで進化するというわけだ。
ハグビー ウィズ バージョンは完成までもう少しかかり、半年後ぐらいになると石黒氏は発表会で語っている。なお、バイブレータ付きの販売も計画中という。
なお、ハグビーは「Hugvie」と描き、英語で「抱く」を意味する「Hug」と、フランス語で「Life」を意味する「vie」を合わせた造語となっている。相手を抱きしめているという感覚をもたらす新たなメディアというわけだ。
そして、H.Ishiguroデザイン展についてだが、エルフォイドの複数のプロトタイプの展示、大量のエルフォイドハグビーの体験コーナー、アロマコーナー、テレノイドR1、そのほか解説パネルや写真の展示などが行われている(画像8)。また、会場中央には、ハグビーが山積みになっているのも印象的だ(画像9)。
また会場では、ハグビーおよび同クッションのほか、エルフォイドが十字架のようにも見える「エルフォイドネックレス」(1575円)やエルフォイドのデザインをした人形「エルフォイドストレスリリーサー」(1575円)、ハグビー用のアロマ「アロマドリーム for Hugvie」(3000円)なども販売されてる。
それから、ヴイストン ロボットセンター 東京秋葉原店の新装オープンについて。これまでと同じく、JR秋葉原駅電気街口改札を抜け、中央通りを渡った先の徒歩3~5分の内田ビルの4階に店舗はあるが(画像11)、これまではエレベーターを下りて右側に店舗があったが、4月20日からは左側に移った。正確には右側もロボットセンターなので、4階はどちらもロボットセンターになったというわけだ。
ただし、品揃えを倍にしなくてはならないこと、どう内容を分けるかということでさらに検討が必要なことなどから、店舗の準備期間が必要となり、何も使わないでいるのももったいないことから、ヴイストンの最高技術顧問でもある石黒氏に依頼して、個展を開くに至ったというわけだ。
エレベーターを出て左の新店舗は、従来の右の店舗よりもスペースが1.5倍ほど広いのが特徴(画像12・13)。これまでよりもかなりゆったりした雰囲気となっている。
石黒氏は大阪大学の教授であり、ATRも京都に所在していることから、イベントも関西の方が多い。ATRのオープンハウス(記事はコチラ)なども、関東からは行きたくてもなかなか行けないという人もいるだろう。しかし、今回が初となる石黒氏の個展が東京で開かれたのは、関東の人間にとってはラッキーである。この機会を利用して、不思議だったり少々不気味だったりする人のミニマルデザインのロボット+αたちを観に行ってみてはいかがだろうか。