熊本大学 発生医学研究所は、FAD依存性リジン脱メチル化酵素LSD1が細胞のエネルギー消費を調節する仕組みを解明したことを発表した。同大発生医学研究所細胞医学分野の日野信次朗助教、中尾光善教授らが、理化学研究所の梅原崇史博士と横山茂之博士、鹿児島大学の小戝健一郎 博士らと共同で行ったもので、成果は科学雑誌「Nature Communications」オンライン版にロンドン時間の3月27日(日本時間3月28日)に掲載された。

ヒトの活動において、生体のエネルギー代謝のバランスが重要な意義を持っており、食事で摂取されたエネルギーの蓄積と運動などによる消費が概ね平衡状態にあることで、代謝の恒常性と健康の維持がなされることとなる。例えば、カロリーの過剰消費により蓄積が減少すると、やせの状態になる一方、カロリーの過剰蓄積かつ消費が少ないと肥満の状態となり、進行すると高脂血症、脂肪肝、糖尿病、心血管病変などのメタボリック症候群を併発しやすくなる。

現在、栄養摂取などの生活習慣が細胞のゲノムDNAや遺伝子発現に影響することが分かってきたが、その分子メカニズムはほとんど不明である。一般的に、ゲノムDNA上の遺伝子の働きは、DNAのメチル化やヒストンの修飾によって調節されており、遺伝子の発現を変化・記憶する。記憶された遺伝子の状況は子孫や娘細胞に伝えられ、またiPS細胞ではリプログラムされることとなるが、がん細胞では元の細胞とはまったく異なる遺伝子の状態となり、このような現象を「エピジェネティクス」と呼び、環境因子と疾患リスクの観点から現代の生命科学・医学研究の大きなターゲットになっている。

ヒストンのリジン残基のメチル化はエピジェネティクスを調節する重要な修飾であり、メチル基を付けるメチル化酵素とそれを除く脱メチル化酵素によってなされるが、今回、研究グループでは、LSD1(ヒストンH3の4番目リジン残基の脱メチル化酵素)がエネルギー消費を調節する仕組みを解明した。

具体的には、LSD1阻害によって脂肪細胞のエネルギー消費遺伝子の発現が誘導され、その結果、ミトコンドリア機能とエネルギー代謝が向上することが判明したほか、高脂肪食で誘導された肥満モデルマウスの病態と合併症がLSD1阻害によって改善されることも確認した。

LSD1阻害により脂肪細胞のエネルギー消費遺伝子の発現が誘導され、その結果、ミトコンドリア機能とエネルギー代謝が向上することが判明した

また、LSD1の酵素活性には細胞内FADが不可欠だが、細胞内FADが細胞状態を判定するバイオマーカーになる可能性が示唆されており、この結果によりLSD1とFADに着目することで、肥満症の分子機序と治療法の開発が可能になる可能性がでてきたという。

近年、メタボリック症候群などに限らず、認知症などの脳神経疾患や筋疾患、加齢性疾患などにおいて、エネルギー代謝不全とミトコンドリア機能低下が共通の病態になり得ることが明らかとなっており、今回の研究成果は、こうしたエネルギー代謝病の分子メカニズムと新しい治療法の開発につながることが期待できると研究グループでは説明している。