東京大学は、モデル植物のシロイヌナズナ(アブラナ科シロイヌナズナ属の1年草)を用いて植物の根において葉緑体の分化を抑制している仕組みを明らかにし、白い根の細胞を光合成する緑色の細胞に変化させることに成功したと発表した。

成果は、東大大学院総合文化研究科広域科学専攻の増田建准教授および同小林康一助教(前独立行政法人理化学研究所基礎科学特別研究員)を中心とする、国際共同研究グループによるもの。詳細な研究内容は、「The Plant Cell」誌オンライン版に3月14日付けで掲載された。

すべての植物は、細胞内に「色素体」と呼ばれる「オルガネラ(細胞小器官)」を持つ。色素体は光合成を始め、さまざまな物質の合成や貯蔵を行う。また色素体は、太古にシアノバクテリア(ラン藻)が植物の祖先となる細胞に内部共生したことにより誕生したと考えられている(細胞内共生説)。

単細胞生物の藻類などでは、色素体はもっぱら光合成を行う葉緑体として存在し、生育や増殖に必要なエネルギーを太陽の光から獲得している役割だ。それに対し、多細胞生物の高等植物では、色素体は葉緑体だけでなく、白色体や有色体など、細胞の種類に応じてさまざまなタイプへと分化する(画像1)。

画像1。植物の進化に伴った色素体の分化

種子や分裂組織の未分化な細胞などでは、色素体は「原色素体」と呼ばれる未分化な形に退化した状態だ。その後、植物の発達に伴い、葉などの光合成器官では葉緑体に、根などの非光合成器官では光合成する能力を持たない白色体などの色素体に分化していく形である。また、これらの色素体の分化は一方通行ではなく、発達過程や生育環境に応じて相互に変換し得る仕組みを持つ。

しかし、それぞれの細胞に応じた色素体の分化がどのように調節されているか、分子レベルではまだよくわかっていない。特に、光合成はエネルギーの獲得に必須である一方、不完全な反応が起こると細胞に有害な活性酸素などを発生させるため、葉緑体の分化は組織の発達段階や環境に応じて厳密にコントロールされる必要があるが、その制御機構は明らかになっていないのが現状だ。

そこで、研究グループは、モデル植物であるシロイヌナズナの根を材料に、葉緑体の分化を調節する仕組みの解明に挑んだのである。

植物において、光合成を行いその産物(光合成産物)を供給する器官をソース、それらを受け取る器官をシンクと呼ぶ。多くの植物において、水や無機養分の供給を担う根はシンクとして発達し、炭素源をソースである地上部に依存している。

実際、シロイヌナズナの根を観察したところ、光が当たる環境においても葉緑体の分化はほとんど起こらず、葉緑素とも呼ばれ、光合成において光エネルギーを吸収する役割を持つ「クロロフィル」の合成は低く抑えられていた。

しかし、地上部を切り離した根では、クロロフィルの合成が活性化し、緑化が引き起こされることが判明。このことは、通常は光合成を行わない根の細胞も、環境に応じて葉緑体を分化させる能力を持っていることを示している。

そこで、この現象が詳しく解析され、その結果、植物ホルモン(低濃度で植物の生理過程を調節する成長調節物質の総称)である「オーキシン」と「サイトカイニン」が葉緑体の分化調節に深く関わっていることが突き止められた次第だ(画像2)。

画像2。根の緑化を調節する仕組み

オーキシンは最初に発見された植物ホルモンで、植物の成長や分化などに重要な作用を示す。一方のサイトカイニンは、オーキシン存在下で細胞分裂や茎葉形成を促進する一群の因子と定義され、老化の抑制や側芽の成長促進など幅広い効果を持つものだ。

通常の植物では、根での葉緑体分化は地上部から輸送されるオーキシンによって抑制されている仕組みである。しかし、地上部を失った根ではその抑制がなくなるので、葉緑体の分化が誘導されるというわけだ。

それと同時に、サイトカイニンも根の葉緑体分化の誘導に必要であることが明らかとなった。緑化した根では光合成の明反応(電子伝達反応)が観察されたことから、根で発達した葉緑体は光合成を行う能力を有していることがわかっている。

次に、これらの植物ホルモンが、根での葉緑体分化を調節する仕組みについて詳しく調べられた。その結果、根での葉緑体の分化には、「HY5」と「GLK」という2つの「転写因子」の働きが必要であり、植物ホルモンはこれらの転写因子を介して光合成に関連する多くの遺伝子を協調的に働かせることで、根の緑化を調節していることを明らかにした。

さらに、遺伝子導入により人工的にGLKを過剰に作らせた植物体では、葉緑体の分化が根で強く誘導され、クロロフィルの含量が植物体の重さあたりで葉の10%程にまで増加したのである(画像3)。

画像3の上がGLKを過剰に作らせた根(GLK1oxおよびGLK2ox)で、葉緑体の分化が誘導された結果、顕著に緑化した。また、下の画像の赤色の点は、葉緑体に蓄積したクロロフィルの蛍光を示したもの。緑化の度合いを表している。

画像3。葉緑体の分化を誘導し、緑化した根(上)とクロロフィルの蛍光画像(下)

以上、本研究により、通常は根の細胞では葉緑体の分化が植物ホルモンを介した情報伝達によって抑制されているが、条件が整った時にはその抑制がなくなり、光合成を行う能力を発現することが新たに示された。

オーキシンやサイトカイニンといった植物ホルモンは、組織の発達や細胞の分化に深く関わる因子として知られているが、これらの植物ホルモンが葉緑体の分化や光合成機能の発現にも関与するという今回の成果は、細胞分化と色素体分化の協調性を考える上で、非常に興味深い結果だと、研究グループはコメントしている。

これまで、組織の発達や細胞の分化に応じて色素体の分化を制御する仕組みはほとんど判明していなかったが、今回の発見をきっかけに、今後さらに理解が深まっていくことが期待されるとも述べた。

また、色素体の分化機構を分子レベルで明らかにできれば、多くの器官で、さまざまなタイプの色素体を発達させることが可能になるという。特に、根は「植物の隠れた半分」とも表現され、植物の半分近いバイオマスを占める要素だ。通常、根はシンクとして機能するが、葉緑体の分化誘導により光合成器官に機能転換することで、植物の生産性を革新的に効率化する技術に繋がることが今後、期待されるとしている。