筑波大学などで構成される研究グループは、原子の集団振動(格子振動:フォノン)を操作する技術を開発し、100THz以上の広周波数帯域を持つ、新しい原理に基づく周波数コム(櫛の歯状に分布したスペクトル)の発生と観測に成功したことを明らかにした。同成果は筑波大学 数理物質系の長谷宗明 准教授、電気通信大学 大学院情報理工学研究科の桂川眞幸 教授、ピッツバーグ大学 物理・天文学科のHrvoje Petek教授らによるもので、2012年3月4日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Photonics」オンライン速報版で公開された。

レーザー光などの光を振幅(あるいは位相)変調する技術は、現在の光通信の基盤技術になっており、例えば、光通信では、電気信号を変換回路で光信号に振幅変調し、光ファイバ中を伝送している。こうした電気-光の変換を行う回路は光変調器と呼ばれ、その変調方式としては現在、半導体レーザー光をオン・オフさせる直接変調方式と、外部から電気・光学効果、非線形光学効果などによって変調を与える外部変調方式の2つがある。

しかし、これらの変調方式では、時間応答にして1ps~1ns程度、周波数帯域に換算すると、GHz帯域が限界であった。そのため、光通信におけるさらなる伝送容量の大容量化、伝送速度の高速化、より高速の光スイッチングデバイスを実現するためには、さらに高速のフェムト秒(fs)の時間応答(周波数領域に換算してTHz)での光変調を可能にする、新しい物理的原理の考案が求められていた。また光変調技術を用いた光通信では、変調周波数の高度な安定化(正確な周波数間隔)も伝送情報の高品質化には欠かせない技術課題であった。

そこで、これまで長谷宗明准教授らは、原子の集団振動(格子振動:フォノン)に着目し、半導体など固体結晶中に存在するテラヘルツ周波数帯域のフォノンによる光変調を原理とした周波数コム(周波数領域に櫛の歯のように規則正しいピーク構造を持つスペクトルのこと)の開発に取り組んできた。例えば特にフェムト秒パルスレーザーがモード同期され発振した光は、時間領域において高繰返しのモード同期超短光パルス列を示し、周波数領域では、多数の光周波数列がモード同期周波数の間隔で規則的に櫛(コム)の歯状で並んだ離散スペクトル構造を示す。しかし、フォノンを原理とした周波数コムに関する研究は、これまで大振幅のコヒーレント光学フォノンを励起することが困難であったため、まったく未知の領域となっていた。

そこで今回の研究では、光の波長が約400nm(青色)で、その光電場がパルスの発生時間内に数サイクルしか振動しない、パルス幅が10fs以下の極短パルスレーザー光を用いることで、半導体シリコン(Si)の直接遷移バンドギャップに対する共鳴励起を効率的に行うと同時に、検出感度が高い電気・光学サンプリング検出系が開発された。

図1 シリコンの直接遷移バンドギャップにおける光励起と検出系
(a) 従来はX点(バンドの右端)における間接遷移励起によって振動振幅が小さいコヒーレント光学フォノンが励起されていたが、今回Γ-L点における直接遷移励起を行うことで、大振幅のコヒーレント光学フォノンを励起することに成功した。
(b) 電気・光学サンプリングの検出系概略図。ビーム・スプリッタによりプローブ光の偏光を縦と横に分割し、それぞれを光検出器で受け、その差分を電気・光学信号として記録した

これらにより、これまで困難とされてきた、シリコンにおける大振幅のコヒーレント光学フォノン(周波数15.6THz)を励起することと、反射率変化にしてΔR/R=10-6以下の高感度検出系の開発に成功した。

図2 シリコンにおいて得られたプローブ光の反射率変化。シリコンの反射率変化には、通常はコヒーレント光学フォノン(周期64fs)の減衰振動のみが観測される。上図は実験データをフィッティングした際の残差を示すが、コヒーレント光学フォノンの基本周期(64fs)に加えて、2psよりも早い遅延時間にはそれよりも周期の速い(32、21、16…9fs)高次の振動成分が現れていることが判明した

そして、この測定系において、ポンプ(励起)パルスによるコヒーレント光学フォノン発生に伴う分極振動観測が可能になったほか、このコヒーレント光学フォノンに伴う分極振動によるシリコン表面の屈折率変調を利用し、ポンプパルスから一定遅延時間後に照射されたプローブ(探索)パルス電場の振幅および位相を変調することにより、周波数間隔がちょうど15.6THzで、コヒーレント光学フォノンの周波数のちょうど7倍(109.2THz)以上の帯域を持つ周波数コムの発生に成功したという。

図3 シリコン表面におけるプローブ光の振幅および位相変調。ポンプパルスによりシリコン表面近傍に励起されたコヒーレント光学フォノンに伴う分極はシリコンの屈折率を変化させる。この屈折率変化により、遅延時間を経て照射されたプローブパルスは振幅・位相変調を受ける。右図はプローブ光電場がシリコンに侵入した際に受ける変調を模式化したもの

図4 反射率変化のフーリエ変換スペクトルに現れた周波数コム(櫛)。シリコンの反射率変化(図2)のフーリエ変換スペクトルには、コヒーレント光学フォノンの基本振動数(15.6THz)に加えて、その周波数のちょうど整数倍の高次のピークが最大で7次(7th)まで見えている。それらの周波数帯域は100THz以上にも及ぶことが分かる

このようにコヒーレント光学フォノン励起によって発生する周波数コムは、これまでの光周波数コムに対比させて「フォノン周波数コム」と呼ぶこともできると研究グループでは指摘しており、その帯域は、励起光強度および極短パルスレーザー光のパルス幅による制御が可能であることも判明したという。

なお、今回の研究で得られた成果は、今後、光ファイバーを用いた大容量光通信やテラヘルツ光テクノロジーを利用した新しい光デバイスの開発などにつながることが期待できるほか、超高帯域周波数コムを応用した分光法を開発することで、化学反応や相変化の制御など、幅広い応用が期待でき、例えば、コヒーレント光学フォノンによりテラヘルツの周波数で振幅・位相変調されたフォノン周波数コムを変調光として光ファイバーに取り込めば、Tbps以上の超高速データ送信を可能にする新しい光源が実現できるという。

また、コムの周波数の値は、光励起する物質の種類を選択することで自由自在に変更することができるため、例えば光学フォノンの周波数がシリコンよりも格段に高いダイヤモンド結晶を用いると、200THz以上の超広帯域のフォノン周波数コムの発生も可能となるという。さらに、フォノン周波数コムの周波数間隔を高度に安定化することができれば、光通信の高品質化につながるだけでなく、テラヘルツ周波数帯域の周波数物差しとして、超精密分光法に応用できるようになる可能性も秘めていると研究グループでは説明している。