産業技術総合研究所(産総研) ナノシステム研究部門の大谷実 研究グループ長らによる研究グループは、シリコン材料に代わる素材として注目されている炭素原子のシート「グラフェン」と絶縁体の基板として使われる「酸化シリコン」基板の相互作用を調べ、特定の電子構造を持つ酸化シリコン表面上において、グラフェンが強く基板に吸着されることを発見した。同成果は2011年12月6日(米国東部時間)に米ワシントンD,Cで開催された半導体の国際会議「International Electron Device Meeting 2011(IEDM 2011)」において発表された。

近年、カーボンナノチューブやグラフェンに代表されるカーボン系材料は、そのネットワークが本質的に持っている「低次元性」や「ナノメートルスケールの微細性」、さらには「高い電子輸送特性」からポストシリコン材料として注目されている。

グラフェンの半導体デバイス応用においては、高品質なグラフェンの生成が必須となっており、現在、大面積の高品質グラフェン生成手法が各所で研究されている。多くの手法の中で、グラフェン生成を初めて実現させた剥離法は、高品質グラフェン生成の点において最良の方法とされているが、同法によるグラフェン生成の最終過程である、酸化シリコン基板への薄膜グラフェン転写の機構はいまだ明らかになっていない。そのため、剥離法によるグラフェン生成は実験条件に強く依存し、最終生成物であるグラフェンの形状、層数の制御性が十分とは言えないのが現状である。

研究グループは、ある特定の表面構造を持つ酸化シリコン基板上では、グラフェンが非常に強く基板と相互作用すること、また、その相互作用がグラフェンの層間相互作用に比べて著しく強いことを見いだした。

具体的にはグラフェン転写基板として広く用いられている酸化シリコン表面に着目し、その表面にグラフェンを吸着させ、基板-グラフェン複合系に対して、そのエネルギー安定性と電子状態を精密な第一原理電子状態計算法注で明らかにした。

計算では、酸化シリコンの構造モデルとして、常温安定SiO2相のαクォーツ構造(図1A、B)および高温安定SiO2相のβクリストバライト構造(図1C、D)を導入し、原子レベルで平滑な数種類の表面構造を仮定し、その表面にグラフェンを吸着させた。その結果、酸素原子が表面に突き出た構造を持つβクリストバライト構造上において、グラフェンの基板に対する束縛エネルギーは46.3meV/Å2となり、グラファイトの層間相互作用エネルギー(約19.8meV/Å2)を上回ることが明らかになった。

図1 酸化シリコン上に吸着されたグラフェンおよびグラファイトの原子構造。それぞれ、炭素(灰色)、酸素(赤色)、シリコン(黄色)および水素(白色)原子を表す。グラフェンと酸化シリコン表面の距離は第一原理計算により最適化されたものであり、下の数値はそれぞれの構造のグラフェンの束縛エネルギーである。各基板は、αクォーツ構造で表面のシリコンがそれぞれ、三配位(A)と四配位(B)の構造、および、βクリストバライト構造で、表面酸素に水素がそれぞれ、吸着してない(C)と吸着している(D)構造となっている

この大きな束縛エネルギーの起源は、グラファイトから酸化シリコン基板への電荷移動による静電相互作用の効果であり、この表面に吸着されたグラファイト薄膜は、剥離法における最終の生成過程である基板転写の結果、単層のグラフェンを基板上に形成することとなる。つまり、ある特定の電子状態を持つ酸化シリコン表面を用意することで、グラフェンの効率的生成が実現されることを示すものであるほか、同時に、表面構造の制御により、剥離法によるグラフェン生成の高品質化と大面積化の実現可能性を示唆するものであるという。

図2 酸化シリコン上にグラフェンが吸着したことによる電子密度の変化。左図はグラフェンが酸化シリコン上へ吸着したことによる電荷再配置の空間分布(Δρ)を示し、青色(緑色)の領域はそれぞれ電子が減った(増えた)領域を示す。右図は表面並行方向を平均したΔρを示す。電荷移動に伴う静電引力の増加により大きな束縛エネルギーが実現している

通常、孤立したグラフェンはフェルミレベルにおける状態密度がゼロの特異な金属となるが、酸化シリコン上のグラフェンは数meV~数十meVのバンドギャップを持つ半導体となり、バンドギャップの大きさは酸化シリコン基板の表面構造に依存することが知られている。今回の研究により表面構造がグラフェンの電子物性だけでなく、グラフェンに対する束縛エネルギーにも大きく影響を与えることが明らかとなった。このようにグラフェンの基礎物性が外部の環境に大きく影響を受けることは、全域が表面であるグラフェンにおいては重要であり、研究gループでは今後、基板とグラフェンとの間の相互作用を積極的に取り込んだ新規機能性デバイスの構造設計とその物性の予測を行っていく予定としている。