共同研究プロジェクト「国際幹細胞イニシアティブ(ISCI:International Stem Cell Initiative)」は、世界19カ国から集めたヒト胚性幹(ES)細胞とヒト人工多能性幹(iPS)細胞のサンプルについて、遺伝学的な安定性を比較分析を実施し、ヒトES細胞株の培養中に起き得るゲノムの変化などについての情報をまとめた。同成果は、米科学誌「Nature Biotechnology」(オンライン速報版)で掲載された。
ヒトES細胞株などの多能性幹細胞株は、創薬や細胞治療にとって不可欠な「品質管理され、均一特性をもつ」各種ヒト細胞を大量に生産供給できる、他では代替不可能な細胞リソースとして期待されている。
しかし、これまでに報告されている、少数の細胞株を用いた解析では、ヒトES細胞株などの培養増殖中にゲノムの変化が起き得ることが示され、細胞増殖にとって有利な変化を起こした細胞集団が選別されてくる可能性があった。このような増殖に有利に働く変化はがん化に関連する可能性があるため、培養中でのゲノムの変化は、多能性幹細胞株の医学的応用にとっては安全面のリスク要因となっていた。
今回の国際共同研究では、ISCIがイギリス・アメリカ・オーストラリア・イスラエル・シンガポールなど19カ国38研究室から、ヒトES細胞125株とヒトiPS細胞11株のサンプルを集め、共通のプロトコルによるゲノム解析などを行った。
その結果、大半のヒトES細胞株の染色体は正常を保つが、一部の細胞株ではゲノムの変化が起きる可能性があり、特に1、12、17、20番染色体の部位に起きやすいことが明らかとなり、その中でも、20番染色体の一定部位のコピー数増幅が特に起きやすいことが示された。
これにより、今後ヒトES細胞(さらにはヒトiPS細胞)の実用化に向けた細胞株の品質の評価と選別が可能となり、リスク要因となり得るゲノムの変化を持つ細胞株を見つけて除くことで、創薬や医学応用には不可欠となる、信頼できる安全な細胞株の評価選別が将来的にはできるようになる可能性がでてきたという。
なお、今回の共同研究では、京都大学 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)の中辻憲夫拠点長や末盛博文 再生医科学研究所(再生研)准教授らより、長期間の継代培養を経て詳しい性質が調べられている再生研のヒトES細胞株のサンプルが提供されたほか、山中伸弥 iPS細胞研究所(CiRA)所長・iCeMS教授や高橋和利 CiRA講師らからは、比較検討のためのヒトiPS細胞株サンプルが提供されており、今回の成果を受けて中辻拠点長・末盛准教授のグループでは、提供したヒトES細胞株を臨床応用可能な(品質保証された)細胞株にするための「クリーニング作業」を始めることを計画している。
既知成分のみを含む培地や培養基材を用い、標準化されたプロトコルによる継代培養を行うことで、当初の樹立過程で使用された動物由来成分や特定されていない成分(リスク要因)を取り除き、将来の臨床応用に耐える品質保証された細胞株を作成するほか、これと並行して、ES細胞株の樹立段階から、すべて既知成分での培養を行い、米国食品医薬品局(FDA)などが要請する世界的標準条件に合致する臨床用ヒトES細胞株の樹立計画を開始する計画で、そのために、凍結余剰胚の新たな提供医療機関の選定や、インフォームドコンセントによる提供に至る手順の見直しなどを現在進めており、樹立研究計画の策定と申請を来年行う予定としている。
なお、日本国内ではヒトES細胞株の臨床応用指針の策定が進行中で、これと連動して樹立研究計画の策定を進める必要があることから、昨今の米国や英国で網膜疾患などへのヒトES細胞株由来の細胞による治療の臨床試験が進もうとしていることを踏まえ、早期の指針策定が望まれるとしている。