産業技術総合研究所(産総研) ナノエレクトロニクス研究部門 富永淳二 上席研究員 兼 連携研究体グリーン・ナノエレクトロニクスセンター 連携研究体付らの研究グループは、ゲルマニウム-テルル合金とアンチモン-テルル合金の薄膜を、配向軸を揃えて積層した超格子型相変化膜が、室温から150℃程度の温度範囲で2000%を越える磁気抵抗効果を示すことを発見した。この巨大磁気抵抗効果はトポロジカル誘電性と呼ばれる物理現象に起因するもので、この相変化膜は、可視光領域の円偏光に対する反射率が磁場の方向に応答して変化する磁気光学効果を持つことも発見した。これらの成果の詳細は、「Applied Physics Letters(99巻15号)」に掲載される。

次世代の不揮発性メモリとして、化合物の結晶と非晶(アモルファス)状態との電気抵抗値の差を利用した相変化メモリ(PCRAM)や、磁性合金の磁気による電気抵抗値の差を利用するMRAM、酸化物に強い電場を加えて結晶状態を変化させ抵抗値の差を利用する抵抗変化メモリ(RRAM)などが注目されている。PCRAMとMRAMはすでに実用化されているが、PCRAMは、アモルファス状態を形成するために一旦メモリ層を融点以上に加熱する必要があり、これが消費電力を大きくしてしまう欠点があるほか、MRAMは、構造的な特徴からメモリセルの面積が大きく、抵抗値の差もPCRAMより小さいという欠点がある。また、RRAMは、消費電力は小さいものの、原理そのものの解明が不十分であり、記録-消去の繰り返し回数も少ないという欠点をかかえている。

産総研でも、各種の次世代不揮発性メモリの実用化に向けた研究開発が進められており、PCRAMについても、2007年より低消費電力動作での実現を目指し、ゲルマニウム原子の価数変化を3次元的なランダムな原子の移動から、一次元的に方向性を揃えた移動によって制御し、溶融しないで電気抵抗を変化させるための人工的な化合物の創成を研究してきており、今回の成果もこの研究開発の過程の中で見出されたという。

今回開発された低消費電力で動作するPCRAMのメモリ層は、ゲルマニウム-テルル結晶層とアンチモン-テルル結晶層が互いに積層された結晶性の積層膜から構成されている。各結晶層の厚さは、第一原理計算と呼ばれる量子力学に基づくシミュレーションによって決定されており、ゲルマニウム-テルル結晶は歪んだ立方晶をとり、アンチモン-テルル結晶は六方晶で結晶構造が異なっている。しかし、これら2つの結晶相は互いに積層すると、六方晶のc軸(縦軸)と立方晶の頂点の対角を結ぶ軸を同一方向に揃えて自然に積層しており、各化合物層の厚さをシミュレーションに基づいて精密に制御することで、異なる化合物からなる超格子状の相変化構造膜を得ることが可能となっている。実際にこの超格子膜を用いたPCRAMはデバイス上で動作し、従来比10分の1以下の電力で動作できることが確認されている。

今回の研究では、このPCRAMが、結晶性が高いにも関わらず、同じ組成の合金結晶より抵抗値が1桁も高いことの原因の解析が行われた。その結果、構成するアンチモン-テルル結晶層(組成比率2:3)が、トポロジカル誘電体と呼ばれる特殊な性質をもつことが原因であることを突き止めた。

トポロジカル誘電体は、電子バンド構造の一部に特徴的な一対の円錐状のバンドを持ち、価電子帯から伝導帯に電子が散乱されずに移動でき、誘電体の表面や稜線に電子のスピン電流が流れるという特徴を持つ。また、このトポロジカル誘電性は、比較的重い元素の内部電子が光速に近い速度で運動する現象によって発生する電場による効果で、磁場を発生させる特徴を持つ(スピン軌道相互作用)。すなわち、超格子型相変化膜は、コバルトや鉄のような元来強磁性の元素をまったく含まなくても、膜内部に磁場を発生させることができることとなる。

しかし、これまでトポロジカル誘電体の検証例は極低温での動作に限られ、室温で動作するものは報告されていなかった。第一原理計算を用いたシミュレーションでは、トポロジカル誘電体ではないゲルマニウム-テルル層のゲルマニウム原子のバンドの一部が、スピン軌道相互作用によって一対の円錐の先端で分裂したスピンバンドに最大200ミリeV(meV)のエネルギーの差(ラシュバ効果)を発生させると計算された。

実際に超格子相変化構造膜を使ったPCRAMデバイスを用いて、磁場による抵抗変化を室温で測定した結果、0.1Tの磁場によって抵抗値が2000%以上変化する巨大磁気抵抗効果を示すことが確認されたという。

図1 超格子相変化膜を備えたPCRAMデバイスのスイッチ動作。0.1Tの磁場に対して電気抵抗は室温で2000%変化する。磁場のない初期動作が赤色、磁場がある場合が青色、磁場を取り除いて動作させたものが灰色((C)American Institute of Physics)

また、相変化に必要な電圧を1Vから2Vの間で制御できること、電流-電圧特性がオームの法則ではなくステップ状に変化することを確認したという。

さらに、シリコン基板上に超格子相変化構造膜を作製し、ラシュバ効果に伴う表面スピン分極電流の違いを室温で測定した。具体的にはバンドギャップ付近の波長の光ではなく、可視光領域(波長400nmから800nm)の光の反射率を測定し、磁場を加えると、波長に依存しないで円偏光の反射率が変化すること、ならびに加える磁場の方向を変えても反射率が変化することが判明した。

図2 シリコン基板上に作製した超格子変化膜の反射率。磁場のない状態に比べて、磁場を加えると反射率が変化する(図はS極を与えた方が、反射率が高いことを示している)。磁場の大きさは平均で0.2T。R(○)はS極の磁場を与えたときの反射率、R(×)はN極の磁場を与えたときの反射率で、縦軸は双方の反射率の差を表示している

この研究は、人工的に作製した超格子相変化構造膜を用いて、室温以上の温度においてトポロジカル誘電性を機能させ、さらに、ラシュバ効果を利用したスピントロニクスの実現性を示した世界で初めての成果だという。2000%を越える磁気抵抗効果は、これまで強磁性体を用いても室温では達成できなかったもので、超格子相変化構造膜が次世代ハードディスク用ヘッドなど、メモリを越えた新規デバイスの創成が期待できると研究グループでは説明している。

なお、今回の発見は、PCRAMの記録膜を人工的な超格子構造膜に置き換えることで、消費電力の削減だけでなく、外部電場と磁場を独立に変化させた相変化を可能にし、それに伴う電気抵抗を制御できることを意味しており、これまでPCRAMとMRAMはまったく異質のメモリと考えられてきたものが、実は1つのメモリ膜でどちらの動作(電気/磁気)も可能で、独立にパラメータを制御することで多値化も可能となることから、将来的にはPCRAMとMRAMが融合した超高密度固体メモリの創成も期待できると研究グループではしており、今後、今回の成果を踏まえてPCRAMとMRAMを統合したまったく新しいメモリの研究開発を進展させていくとしている。