ヒューマンセントリックへ向けてICTを進化

富士通研究所は10月13日、2011年研究開発戦略説明会を開催し、2010年度の研究開発成果の報告と2010年度の研究開発の方針を明らかにした。昨年の説明会は年度末の3月に開催されており、今年度も当初は3月末に開催を予定していたが、東日本大震災の影響で延期となっていた。

ICTによるヒューマンセントリックなインテリジェントソサエティの実現

富士通は昨年より、グループ全体のビジョンとして「ヒューマンセントリックなインテリジェントソサエティの実現」を掲げている。ヒューマンセントリックなインテリジェントソサエティとは、センサやソーシャルネットワークを介して人間の実生活における様々な事象をデータとしてコンピュータに取り込み、そのデータを取捨・選択・分析し、人間の生活に役立つ新たな価値の情報を創造することで、新サービスと新ソリューションを提供する社会を差す。同社が推進するICTは、これまでの「技術中心」から「人間中心」へとパラダイムシフトが起こっており、ヒューマンセントリックなインテリジェントソサエティの実現に寄与していく。

ヒューマンセントリック・インテリジェントソサエティの実現

2011年は3月の東日本大震災や9月の台風など、これまでの想定を上回る災害が起きており、今後は災害を念頭に置いたレジリエントな社会づくりが重要となる。震災時の混乱においてTwitterによる被災者の連絡をはじめ、ICTが役に立つ場面があったが、一方でICTがありながら防げなかった事態もあった。富士通研究所 代表取締役社長の富田達夫氏は、「現状でICTの利活用は不備があり、人間の幸福を考えた場合、もっとICTを活用できる社会でならなければいけない」とし、災害などの困難な状況に対して柔軟性に富み回復力の高い社会をICTによって実現していく意気込みを語った。

富士通研究所 代表取締役社長 富田達夫氏

開発リソースを最適化し、ものづくりを強化

富士通研究所では、

  1. 事業戦略テーマ
  2. 全社骨太テーマ
  3. シーズ指向テーマ

の3つの区分で研究開発を行っている。事業戦略テーマは、各事業部からの依頼により事業化に向けた開発を行う。全社骨太テーマは、3~5年先の中期的な富士通グループの技術戦略において必要となる技術の開発を行う。シーズ指向テーマは、研究所内部の知見で5~10年先の人間社会に役立つ新規および未知の領域の技術の開発を行う。開発の成果によっては、事業展開に向けて、シーズ指向テーマから骨太テーマへと進展させる。2010年度のR&D費用は、富士通グループ全体が約2250億円で、富士通研究所が約350億円となっている。富士通研究所の研究資源の配分は、事業戦略テーマ:全社骨太テーマ:シーズ指向テーマで4:4:2となっている。

富士通研究所の開発テーマ設定

2011年度の展開としては、富士通グループ内に「技術戦略タスクフォース」を設け、富士通各事業部の研究部門と富士通研究所の開発戦略の整合性を高めていく。そして各事業部内に散在していた開発リソースを富士通研究所が束ね、リソースの最適運用を進める。

従来の全社骨太テーマは、ヒューマンセントリックコンピューティング、インテリジェントソサエティ、クラウドフュージョン、グリーンデータセンターの4テーマだったが、開発リソースの最適シフトの一環として、新たにものづくりの技術をテーマに加えた。「富士通はサービスだけの会社になったと思われるのは本意ではない」(富田社長)とし、ものづくりの革新を強化する。また、従来の全社骨太テーマについては昨年度の開発が進み、要素技術からコンセプト検証・実験のフェーズへ移行する。

シーズ指向テーマについては、世界に誇れる研究成果の開拓を目指す。光通信技術やフェムト技術、画像技術など従来から強みを有する基礎技術について、継続的な蓄積を続けインパクトのある技術として進化させ、新たなビジネスに繋げる方針。また、今まで手掛けていなかったビジネス領域を開拓できる技術の開発も進めていく。

2011年版 研究開発ロードマップ:全社骨太テーマ

2011年版 研究開発ロードマップ:基盤技術

データセンター省電力化のシミュレーション技術を開発

説明会では、昨年からの研究開発成果を発表した。全社骨太テーマの新規成果として、「データセンターをまるごとモデル化し、省電力効果を瞬時にシミュレーションする技術」を発表した。

国内のデータセンターの消費電力使用量は年々増加しており、特に震災後でも7%増加している。データセンターの消費電力はファシリティが半分を占めており、ICT機器の省電力化だけでなく、空調を含めデータセンター全体の省電力化が必須となっている。

今回開発した技術はICT機器だけでなくファシリティを含む全機器の電力の流れをモデル化し、省電力技術の適用効果を短時間でシミュレーションできる仮想テスト環境を構築するもの。具体的には、電力の見える化、熱の流れの見える化、最適な省電力制御を実現した。

電力の見える化については、空調を含むすべての電力の流れを可視化し、計算負荷、サーバ消費電力、電源ロスなど一連の関係をモデル化し、データセンター全体の消費電力を予測する。空調の風量と吸気温度により消費電力が変化するため、これらを正確に測定することで誤差5%を実現している。

電力の見える化:すべての電力の流れを可視化

電力の見える化:空調機の稼働状態を正確に把握

熱の流れの見える化については、建屋内の熱の流れを解析する熱流体シミュレーションにおいて、温度や熱の流れの基本パターンを膨大な解集合の中からデータマイニングすることで計算量を減らす。従来は数時間かかった計算を数秒に短縮し、熱対策の効果を瞬時に把握できる。

熱の流れの見える化

最適省電力制御については、計算負荷の変動に応じてサーバと空調を連携制御するなど、先読み制御によりデータセンター全体の消費電力を最小化していく。

最適な省電力制御

今回開発した技術により、データセンター省電力化に向けた様々なテストが可能となる。具体的な適用例としては、データセンター設置場所の気候条件における空冷方式の評価を想定している。また、電力使用制限への対応として、緊急の節電要請が生じた場合に最適な省電力対応策をテストできるという。

スマートフォン向けに音声入出力技術を開発

基盤技術の新規成果として、「音声だけで最新情報をスマートフォンから取得できる技術」を発表した。

スマートフォンは画面を見ながらのタッチ操作が中心であるが、歩行中、自動車運転中、作業中などの目や手が放せない状況での利用シーンも存在する。これらのニーズに対して、音声による入出力によりスマートフォンなどのモバイル端末から情報サービスの利用を可能にする技術を開発した。例えば、システムが読み上げるニュースのヘッドラインや位置情報などからユーザーが関心を持つ言葉を喋るだけで、それに関連する詳細情報をシステムが読み上げる。

音声入出力により情報サービスを利用

開発技術としては、インターネット上の知識を利用した言語辞書の自動更新により、新語を含む最新の記事でも、読み間違いやご認識の少ない音声応答を実現した。また、大量の語彙を保管・更新するセンターにネットワークを介して接続するが、端末とセンター間で処理・通信遅延を吸収する分散処理を行うことで快適なレスポンスを実現している。

最新の時事用語・新語に対応

意図した応答を実現

快適なレスポンスを実現

これにより、ハンズフリー・アイズフリーの環境下での情報サービスの享受が可能になる他、高齢者や目の不自由な方の情報アクセスを支援できる。

活用シーン

今後は、モバイル向けクラウドサービスのユーザーインタフェース機能として、2012年度中の実用化を目指し、実証実験を進める予定。