基調講演から

今回のFTF Americas 2011における基調講演の隠れた目玉は、富士通との協業が発表されたことだろう。基調講演の後半に、突然といっても良いほどのタイミングで富士通の中須祐二氏(Photo01)が登壇、Freescaleと富士通の協業について説明を行った。まずはこの話を最初にレポートしたい。

Photo01:富士通(株)クラウドコンピューティンググループ インテリジェントソサエティビジネス本部の中須祐二氏

氏の講演はもっぱら富士通の提供するWisReed技術に関するものであるが、その前段階として日本の現状に触れ(Photo02)、「地震と津波により福島原子力発電所が止まり、日本全国が省電力を強いられている今こそ、スマートグリッドの技術が必要とされている」と説明した。

Photo02:こういっては何だが、大半のアメリカ人にとって日本の状況というのは対岸の火事状態であり、広範囲な節電を強いられるといっても具体的なイメージが湧かないようだった。そのためか、このプレゼンテーションが映し出されると会場に低くざわめきがおきていたのが印象的であった。別にアメリカ人に限った話ではないが、人間はやはり具体的な映像をみないとなかなか思いが及ばないものらしい

その上で、一般的なSmartGridの構図に触れ(Photo03)、こうしたSmartGridをどう構築するか、に関しては日本に限らず全世界で様々な電力会社や機器ベンダが多くの実証実験を含む機器投入を現在も行っており、今後も活発になると紹介。この分野に関し、富士通はWisReedと呼ばれる独自のアドホックネットワークの技術をすでに所有しており(Photo04)、SmartGridのネットワークとしてこれを利用することを広く働きかけているとしている。

Photo03:いわゆるSmartGridの図。中央のICTは情報通信技術(Information and Communication Technology)の意味。SmartGridの場合、当たり前だが構成要素が猛烈に多く、かつその大半が今後確立しないといけない技術だったりするわけで、その意味で課題は多い。WisReedも、あくまでICTの中のネットワークインフラストラクチャにかかわる部分の技術のみである

Photo04:WisReedの簡単な特徴。各Gatewayの下に最大1万ノードをぶら下げられるとか、Routingの柔軟性、最大で数十Mbpsの高速リンクなど、いわゆるZigBeeベースのMesh Networkとは明らかに別種のものである

すでに日本の2大電力会社(東京電力・関西電力)はこれを利用することを決定しており、残る8社もこれに追従するであろうという状況を説明した(Photo05)。もちろん富士通はこのWisReedをSmartGridのみならず、広い範囲の用途に提案してゆくことを考えるとしている(Photo06)。

Photo05:講演では、日本は電力供給が垂直統合(電力発電会社と電力送電会社が同一)であるという特徴をまず説明した上で、日本の7500万世帯の半分以上を担う東電と関電がすでにWisReedの採用を決めているので、残った電力8社もおそらく追従するであろう、という見通しがここで述べられ、少なくとも日本においてはWisReedが(SmartMeterにおける伝送方式の)業界標準になると説明した

Photo06:日本のSmartGridにおけるAMI(Advanced Meter Infrastructure)MarketはほぼWisReedで取れたが、それ以外にもWisReedが利用できるようなSocial Networkが沢山あり、ところがそうしたマーケットを富士通単独で切り開いてゆくのは大変であり、これがFreescaleとのコラボレーションが成立した理由である、と講演では説明した

さて、なぜWisReedの話が基調講演で登場したか、というと富士通とFreescaleは、共同でこのWisReed技術を普及させてゆくためのマーケティングを行ってゆくことを明らかにしたためだ(Photo07)。Freescaleが富士通とパートナーシップを組む、というのはそれだけで特筆すべき内容と言える。

Photo07:詳しくは後述するが、富士通はこのWisReed技術を、FreescaleはMCUのポートフォリオをそれぞれ提供することになり、また共同で(WisReed普及の)マーケティングを行ってゆく、というのが今回のパートナーシップの骨子である

さて、問題はこのパートナーシップの中身であるが、中須氏は登壇後にすぐ空港に戻られてしまい、残念ながら後で話を聞く機会には恵まれなかった。また基調講演後に設けられたCEO Q&A Sessionでも「富士通はWisReedの、FreescaleはMCUのポートフォリオをそれぞれ提供する」以上の説明は行われなかった。

ただ翌日の朝開催されたMicrocotroller Solution GroupのFTF UpdateのQ&Aのセッションの中でこの話題が当然登場し、Bruno Baylac氏がこれに答えた。氏の返答をまとめると

  • 富士通とFreescaleはMarketingに関するCollaborationを行うという契約を結んだばかりの状態。
  • 富士通はIPの形でWisReed技術をFreescaleに提供し、これをFreescaleのMCUに入れて提供する。このMCUはまず、SmartGridなど日本のEmerging Market向けアプリケーションに提供されることになる。ただ将来的には、(中須氏の基調講演にあったとおり)センサやメーターなど様々なソーシャルネットワーク向けに利用されることになると思う。
  • 具体的にどんなMCUのポートフォリオを提供するのかは現時点では説明できない

ということになる。

Photo08:Director of Marketing, Consumer & InddustrialのBruno Baylac氏。このセッションではまずMCU部門を率いるReza Kazerounian氏(Senior Vice President and General Manager, Microcontroller Solutions Group)が全体の説明を行い、ついで氏の下にいる何人かのDirectorがそれぞれの分野の説明を行う形になっており、Baylac氏は"Industrial & Multi-Market"の説明を行った

当然ながら「なぜ富士通は自社のMCUを使わずにFreescaleとパートナーシップを締結したのか?」という質問が出たが、これに関する氏の回答は「もともとネットワークの分野でFreescaleと富士通はリレーションシップを結んでおり、この延長で今回のWisReedに関しても富士通がFreescaleのMCUポートフォリオに興味を示した結果として、このコラボレーションが成立した」と説明している。

この説明はなかなか面白い。以下は筆者の解釈であるが、富士通サイドから見ると、WisReedは日本の電力業界ではデファクトスタンダードになりつつあるが、さらに違う分野あるいは国外展開を考えると、富士通自身だけでWisReed対応MCUを提供するのは難しいorむしろ阻害要因になっている、という判断なのかもしれない。WisReed自身は(Baylac氏の言葉を借りると)Network Management IPであって、それだけではSmartMeterを構築するには十分ではない(というか、あくまでSmartMeter/SmartGridの一要素でしかない)。なので欠けている部分を補うと共に、より広いマーケットや国外展開まで見据えると、SmartMeterやSmartGridのSolutionを持っており、かつWorldWideの販売網を持っているベンダと組むのは、WisReedを広く普及させるという観点では正しいアプローチに思える。もちろん長期的に見た場合、富士通自身が持つMCUのポートフォリオとぶつかる可能性は当然あるわけで、そのあたりをどう切り分けるのかは興味ある部分である。