名古屋大学の伊丹健一郎教授らの研究チームは、構造が明確に定まったナノグラフェンを精密に化学合成する新しいボトムアップ型アプローチを提案し、これの実現に不可欠な新反応・新触媒を開発したことを発表した。同成果は、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」(オンライン版)にて公開された。
グラフェンは、炭素が蜂の巣状に並んだ単層の2次元シート物質で、さまざまな特性を持つ次世代材料として期待されている。ほぼ無限のシート構造をもつグラフェンに対し、ナノメートルスケールのサイズのグラフェンは「ナノグラフェン」と呼ばれ、有限のバンドギャップを持ち、磁性や半導体性といった通常のグラフェンにない特異な性質を示す。例えば、1次元に伸びたリボン状構造のグラフェンナノリボンは、端の構造によってジグザグ型やアームチェア型のものが存在し、それによって磁性や電気的特性が変化することが知られている。
こうしたナノグラフェンの性質はその構造に強く依存することがわかっているが、問題は構造が明確に定まった種々のナノグラフェンをいかにして作るのかという点で、グラフェンは有機化合物を高温・高圧で処理してできる高配向性無水グラファイトから粘着テープで機械的に剥離することで2004年に初めて取り出されたが、現在でもグラフェンの応用研究(トランジスタなど)はほとんどこの方法に頼っている。SiCの熱分解法、金属薄膜基板上での化学気相成長法、カーボンナノチューブ(CNT)の開筒法、クロスカップリング反応を用いた有機合成法、芳香族化合物の金属表面重合法などの手法が開発されているが、ナノグラフェンの精密合成には解決すべき課題が多く残されていた。
今回、同研究チームは、構造が明確に定まったナノグラフェンを精密に化合成する新しいボトムアップ型アプローチを提案、これを実現するための反応方法と触媒を開発した。
グラフェンの構成単位とみなせる小さな多環性芳香族炭化水素(六角形炭素骨格ベンゼン環が縮環した化合物)が入手容易で、かつ市販されているものも多いことに着目。これらの多環性芳香族炭化水素をテンプレートとし、ベンゼン環を順次連結させていくことができれば、精密制御された2次元炭素シートの伸長によってナノグラフェンの合成ができると考えた。こうしたボトムアップ型アプローチを実現する触媒や反応剤はこれまで存在しておらず、今回、新しいパラジウム触媒系を開発し、ナノグラフェンの精密ボトムアップ合成を行った。
この触媒系のポイントは、「酢酸パラジウム・オルトクロラニル」と呼ぶ触媒を開発した点で、同触媒を用いることで、多環性芳香族炭化水素とアリールボロン酸誘導体(ホウ素のついた芳香族化合物)のカップリング反応が効率的かつ位置選択的に進行するようになり、カップリング反応に続いて塩化鉄を促進剤に用いた酸化を行うと、縮環反応が進行してシート状の化合物へと誘導できることが確認され、これにより、多環性芳香族炭化水素をテンプレートに用いた2次元シートの制御成長が可能になったという。
また、今回発見された多環性芳香族炭化水素とアリールボロン酸誘導体のカップリング反応は広い汎用性を有していることも明らかとなったという。多環性芳香族炭化水素としては、ピレンやフェナントレンなどが適用可能なほか、様々な立体および電子的特性をもつアリールボロン酸誘導体(多くの化合物が現在市販されている)が同反応に利用できるという。さらに、グラムスケールの反応を行っても効率的にカップリング生成物が得られることも判明したという。
なお、今回開発したパラジウム触媒反応はナノグラフェンの合成に特化したものではなく、有機エレクトロニクス材料への応用が可能な様々なπ共役化合物の合成にも効果を発揮すると考えられると研究チームでは説明しており、今後は、同カップリング反応と酸化的縮環反応を連続的に繰り返すことで、様々な構造をもつナノグラフェンの選択的な合成が可能になることを示唆している。 さらに、同手法を既存の金属表面重合法などと併せ用いることで、同分野に非線形のブレークスルーをもたらすことも期待できるとしており、高速トランジスタ、半導体メモリ、透明電極など産業界におけるナノグラフェンに対する期待に応えられる可能性が高まったとしている。