千葉工業大学、東北大学、国際レスキューシステム研究機構(IRS)は6月8日、共同で記者会見を開催し、東京電力(東電)・福島第一原子力発電所(福島原発)への投入が決まったレスキューロボット「Quince(クインス)」を公開した。千葉工大らは東電の要望を受け、現地に適応させるための改造を行っていた。

福島原発への適応が完了したレスキューロボット「Quince(クインス)」

「Quince(クインス)」は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェクトで開発した最新型のレスキューロボット。地下やビル内など閉鎖空間における事故や災害を想定したもので、階段や瓦礫であっても走行できる高い運動性能が特徴。もともとは原子力災害を目的としていなかったが、福島原発の事故を見て「ロボットが絶対に必要になると思ったが、日本国内には使えるものがない。外国にはあるが、それだけで済むとは思えない」(田所諭・東北大学教授)と判断、独自に改造を進めた。

経緯については前回までのレポートを参照して欲しいが、東電側から具体的なミッションが出てきたのが5月20日だという。依頼の内容は、1~3号機の原子炉建屋の地下に行って、そこに溜まっているとみられる放射能汚染水の量を調べるための水位計の設置と、濃度を調査するためのサンプリング(採取)の実施。現地からの要望は「6月15日までに」というものだったそうで、千葉工大においてこういった作業のための改造を進め、早ければ6月10日の夕方にも福島へ向けて出発する見通しとなった。

Quinceの各部構成。仕様上は右側が「前方」となるが、両方向に進める

システム構成。今回は有線の1号機だけを使い、無線の6号機は今後投入予定

現時点で想定するシナリオは以下の通り。

ロボットは、建屋から200m程度離れた安全なサービスビルディングから出発。建屋の入り口までは人間が運ぶ必要があるが、操作のためのLANケーブルが引かれており、作業員はサービスビルディングからロボットを遠隔制御することができる。原子炉建屋には気密のための2重扉があり、解放するわけにはいかないため、扉の内側と外側に無線機を置いて、そこだけは無線で通信する。実際に通信が可能かどうかは、現地の5号機で試験する予定だという。

原子炉建屋の内部は厚いコンクリートに覆われ、電波による通信が難しいために、扉の内側に置いた無線機とロボットの間も有線で接続される。移動可能な距離は500mまで。地下へ向かう階段の幅は90cm程度と狭く、地下1階フロアまでには5カ所に踊り場があるという。通信ケーブルを引き出しながら進む都合上、Quinceはバックで階段を降りて行き、登るときは前進、ケーブルを巻き取りながら戻ってくる。途中で方向転換はしない。

傾斜角を合わせた階段も製作。瓦礫や水をまいて走行試験を実施した

現地の様子を説明する千葉工大・未来ロボット技術研究センターの小柳栄次副所長

Quinceの階段における走行性能は高いが、追加装備により重心位置がかなり上がってしまい、転倒の恐れがあるために、サブクローラのロング化、カウンターウェイトの装備などの対策を行った。これにより、実際の階段の傾斜角(42°)でも問題なく走行できることが確認できた。ちなみにQuinceの本来の重量は27kgだが、追加装備によって現在の重量は50kg程度まで増えているという。

Quinceのサブクローラは一方がロングタイプに。これが階段の下側で踏ん張る

階段の上側になるクローラには1.2kgのウェイトを入れ、全体の重心を下げた

水位計の設置とサンプリングは同時に行えないため、作業は2回に分けて実施される。最初に行うのは水位計の設置。途中の踊り場ごとに線量を計測しつつ、下へ移動。水面が見えるところまで着いたところで、階段の段数を数えて、大体の水深を推測。そこから一番上の踊り場まで戻り、階段の隙間からケーブルを垂らして水位計のセンサを降ろし、水底に届いたところでケーブルを伸ばしながら階段の入り口まで戻る。そこで作業員がリールごと水位計をロボットから外して床に設置する。

線量計は作業員が所持するものと同じハンディタイプ。読み取り用のカメラも用意

ロボットアームの先端にぶら下がっているのが水位計のセンサ

設置した水位計はリールごと現場に置いてきて、水位の変化を見るのに役立てる

千葉工大の階段の幅を合わせて運用試験を行った。踊り場の隙間からセンサを降ろす

次に汚染水のサンプリング調査を行う。こちらも最初の踊り場まで降りて、階段の隙間から同じように釣り糸を垂らして、50ccの採取容器を水面まで到達させる。採取容器には鉛が重りとして取り付けられており、水面下に沈んで容器内に水が入ったところで巻き上げ、ロボットの格納容器に収納。階段の上まで戻り、作業員が容器を回収する。

これがサンプリングの容器。最初は東電から500cc取りたいと依頼があったとか

サンプリング後に格納容器に入れて持ち帰る。釣り糸はアームのモーターで巻き上げる

操作画面。Quinceの温度、傾き、カメラ映像などを見ながらコントロールする

この装備だけでQuinceを操作できる。コントローラはプレステ型だ

2号機の建屋内の環境は、気温が40℃、湿度が100%という高温多湿であることが分かっている。先に投入された米国のPackBotではレンズが曇って見えなくなるという問題があったが、この対策として、カメラ内の空気を真空ポンプで出して、原因となる水分を飛ばして密封した。レンズの外側の曇りについては、使用前にウォーマーで温めておくことで、結露が起きないようにした。

前後に搭載したカメラの内部は真空に近い状態だという

IRS会長である東北大学の田所諭教授は、今回の原子力災害で投入されるロボットに関し、「よく日本がどうの、米国がどうのと、国別に言われることがあるが、それはナンセンス」と指摘。「この世界的な災害に対し、あらゆる技術を統合して解決すべきというのが我々の考え」と述べるが、Quinceの特徴については「国内での開発体制であり、様々な仕様変更に迅速に対応できること」と胸を張る。

福島原発で使用が想定されている各ロボットの比較

Quinceの特徴。高い運動性能とニーズへの適応がポイント

開発グループは今回、まずは第1弾として、有線バージョンのQuinceを1台投入し、地下の汚染水の調査に活用するが、今後、無線バージョンのQuinceも準備。2台を連携させて、2階以上の上層階の調査も実施したい考え。無線バージョンのQuinceにはレーザーレンジファインダが搭載されており、走行しながら施設内の3Dデータも取得できる予定だ。

こちらは無線バージョンのQuince。ケーブルがないので運動性能は高いまま

3Dデータを取得して後で解析できる。この画面では階段が良く見えている