京都大学(京大)の大北英生 工学研究科准教授らの研究チームは、色素増感を用いた高分子太陽電池の高効率化を実証するとともに、その原理を解明したことを発表した。同成果は、独国科学雑誌「Advanced Energy Materials」(オンライン速報版)で公開された。
高分子太陽電池は、軽量、フレキシブルといった物理的な特長のみならず、印刷プロセスを採用することで、結晶系太陽電池に比べて、安価で大量生産が可能という特長を有している。従来の高分子太陽電池は、電子供与体である高分子と電子受容体であるフラーレンを混ぜた膜で構成されており、太陽光の光の吸収は主として高分子が担っていた。しかし、これまでの高分子では光吸収の波長領域が650nm程度に限定されていたため、変換効率が8%程度とSi結晶系に比べて低かった。
そのため、光吸収帯域を近赤外領域(波長が760nm以上)にまで拡大することを目指した研究が各所で進められている。カラーフィルムなどのように、色素を適切に導入できれば光吸収域を拡大できるが、高分子太陽電池に応用された例はほとんどなかった。これは、色素が機能するには高分子とフラーレンとの界面に選択的に配置することが求められるためで、溶液プロセスで作製する高分子太陽電池ではそのような内部構造の制御ができないためである。その結果、色素導入によってむしろ素子特性が低下することが多く、成功例はほとんどなかった。近年、大北准教授の研究を含めていくつかの成功例が報告され、色素の凝集を防ぐには大きな置換基が有効であることや、高分子とフラーレンの双方と、電子を効率よくやり取りするための適切なエネルギー準位が重要であることが明らかになってきたが、どのような場合に、色素が選択的に界面に配置され、素子特性の向上につながるのかについては明らかになっていなかった。
今回の研究では、色素として大きな置換基を有するシリコンフタロシアニン(SiPc)、高分子として結晶性のポリヘキシルチオフェン(P3HT)、フラーレンには誘導体のPCBMを用いた。色素が高分子とフラーレンの界面に自発的に配置する原理を明らかにするため、界面配置する色素自身の性質、色素を受け入れる材料となる高分子とフラーレンの性質にそれぞれ着目して研究が行われた。
まず、界面配置する色素の性質は、水と油の界面に集まる界面活性剤に類似する点があると研究チームでは考えた。
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図2 界面活性剤と色素の界面偏在の類似点。 |
せっけんに代表される界面活性剤は、水になじむ親水性基と油になじむ疎水性基の両方を併せ持つ両親媒性の材料であり、見方を変えると、水になじまない疎水性基と油になじまない親水性基の両方を併せ持つ材料とも言える。つまり、どちらにも深入りしない中間的な性質を示すため、どちらかの相にどっぷり浸かることなく、界面に安定して存在する性質を示す。
水と油では表面エネルギーが大きく異なるため、両者を単純に混ぜると接触する界面面積をできるだけ小さくするように分離する。この系に界面活性剤を加えると、中間的な性質を示す界面活性剤が水と油の界面に来ることで表面エネルギーの差を緩和する。研究チームではこの原理に着目、色素、高分子、フラーレンの表面エネルギーをそれぞれ測定したところ、表面エネルギーは、高分子<色素<フラーレンの順に大きくなり、色素は中間の表面エネルギーを有することが分かった。
また、高分子に色素を混ぜた膜とフラーレンに色素を混ぜた膜を作製したところ、前者では表面エネルギーの小さい高分子が表面に配置し、後者では表面エネルギーの小さい色素が表面に配置しており、このことから、界面活性剤と同様に表面エネルギーに応じて色素の配置位置が変わることが分かった。
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図3 表面エネルギーの色素導入量依存性。青い丸はPCBM:SiPc膜、少量の色素添加で表面エネルギーは色素の値にほぼ近いことから、色素が表面に偏折していることが分かる。赤い丸はP3HT:SiPc膜、色素導入量を増加しても表面エネルギーはP3HTの値のままであることから、表面はP3HTにより覆われていることが分かる |
さらに、色素が界面に配置している様子を直接見るために、フラーレンと同様に高い表面エネルギーを有するポリスチレンを用いたモデル系を用いて、原子間力顕微鏡による観察を実施した結果、予測通り、色素はP3HTとポリスチレンの界面に配置していた。このことから、色素が界面に配置する理由は界面活性剤と同じ原理であることが判明した。
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図4 色素がP3HTとポリスチレンの界面に偏在する様子。 |
加えて、高分子太陽電池を構成する高分子とフラーレンの性質についても検討を実施。今回用いた高分子(ポリヘキシルチオフェン)は結晶性を、フラーレンは凝集性を示すことが知られており、これにより、各々が結晶化あるいは凝集することで、色素は各相から押し出されるために界面に配置する機構が考えられる。
同現象は、海水をゆっくり凍らせると、塩分が除かれながら氷が成長する様子に似ており、このことを検証するため、表面エネルギーは同じで結晶度の異なるポリヘキシルチオフェンを用いて、色素の膜中での分散状況の違いを調べた。
色素の分散状況は、色素の吸収ピーク波長が局所濃度に応じて変化することに着目した。その結果、非晶性のポリヘキシルチオフェンを用いた場合でも局所濃度は仕込み濃度よりも増加しており、色素は均一に分散するのではなく界面に配置していた。そして、ポリヘキシルチオフェンの結晶化が進行するにつれて色素の局所濃度が増加したことから、結晶化が色素の界面配置を促進することが分かった。表面エネルギーが同じで結晶度だけが異なるポリヘキシルチオフェンを用いているので、この変化は表面エネルギーでは説明できないため、表面エネルギーだけでなく、高分子材料の結晶化も界面配置に寄与していると言えると研究チームでは説明している。
このように表面エネルギーが適切な色素を選択し、高分子材料などには結晶化しやすい材料を選択することで、色素を界面に配置することができることが明らかとなった。
すでに、高分子太陽電池に色素を導入することで性能が向上することは実証済みであるため、今回明らかにした合理的な設計指針の基に、さまざまな色素や高分子、フラーレンを組み合わせた素子開発がなされるものとの期待を研究チームでは説明しているほか、今回の研究は、色素増感高分子太陽電池という新概念の太陽電池を開発するための合理的な設計指針を与えるものであり、高分子太陽電池を開発する上で新たな道を開くものとしている。
また、今回明らかにした色素の界面偏在の原理に従って適切な材料を選択することで、従来は困難であった溶液プロセスでの内部構造の制御が可能となることから、今回の研究は主として高分子太陽電池を対象としたものだが、高分子太陽電池に代表される有機エレクトロニクスでは、溶液プロセスでの作製が最大の利点の1つであるため、溶液プロセスでの内部構造の制御が実現すれば、さらに高機能なデバイスの開発にもつながるとの期待も示している。