しりあがり氏の「自己紹介と、最近興味があったことからまずは話を進めていきましょうか」の振りのあと、浦沢氏から口火がきられた。

浦沢 「最近興味があること…、イート金沢のeはエレクトロニックなんですが、私はiPadのこの動作(指でフリック)が嫌いでして」

のっけからバッサリときた。

浦沢氏の漫画はずっと手描きである。尊敬する手塚治虫氏が使っていたというカブラペンをデビュー以来使い続けているが、最近、(長年の酷使が原因なのか)右手の手首が痛み出してきたそうだ。友人の吉田聡氏にそれを話すと、日本字ペンがいいよと聞いた。さっそく取り寄せたところ、実に描きやすい。これまでなぜ出会ってなかったのか? 

浦沢 「特に、ベルバラに出てくる巻き髪のような描き味がすごく良くて気に入っています。だから、僕にはiPadだとかフォトショップとかはいらないんです。それに最近、どんどんスクリーントーンが廃盤になってきて、廃盤になると今度はコンピュータへ取り込んで漫画に使うしかなくなります。自分としては、絶対フリックなんかしたくないんですけどね…」

続いては「ダウンタウンのごっつええ感じ」「たけしの万物創世記」「伊藤家の食卓」など数々のヒット番組を担当する放送作家、倉本美津留氏である。ミュージシャンでもある倉本氏は、前日のレセプションパーティでもギター一本とテンポのいい関西弁でオーディエンスを大いに楽しませてくれたのだが、自分の職業について、こう切り出した。

倉本 「人と仕事をしていくという仕事をやっています。(これまでずっと)映像番組やお笑いなどを進化させたいと思ってやってきましたが、ようやく最近、『あの番組のあの言葉が自分にはすごく影響があった』といってもらえるようになってきました。とてもうれしいことですが、そういう声はなぜか漫画家やクリエイターの人からが多い」

観ている人が一見不安になるものを生み出したいと思ってやってきたものの、それがやり辛い世の中になってきたと倉本氏はいう。背景には、民放における視聴者と視聴率の関係が大きいようだ。

倉本 「でも面白いことに、松本人志と一緒にお笑いの進化を目指して追求してきたことが、十年経った今、民放ではなくNHKでやることになりました。ダイナミックアドベンチャーポータブルという、日常から非日常へいく内容の番組です。ツッコミがないコント。視聴者がツッコむといくらでも面白くなるはずです」

倉本氏のチャレンジは日本だけにこだわらずこれからも続くが、一方で日本における作り手の意識、受け手の意識、いずれもが「考えなくてもいいテレビ」の方向へ進んでいくのはまづいことだという。

しりあがり 「私の場合も、読者がストレスなく読めるのは大切だけど、向こう(読者側)が聞きたいことしか言わないのは、ものすごく危険なことだと思ってます。見ている人が不安になるものは受け入れられないと編集者によく言われるんですけど、描き手と受け手の共同作業が作品の評価につながり、能力が試されていることじゃないかと」

浦沢 「電車で漫画を読みながら吹き出す人っていますよね? ああいう人は、漫画を読む能力に長けていると思います。ほんとにいい読者。吹き出しで『はい、ここが笑うところですよ』なんて教えちゃいけない。わかりにくいことをいわないと、表現できないと、面白いことが増えないと思います」

倉本 「意図を視聴者にわかってもらうだけじゃなく、作った人間が見た人間に教えられる。これが面白いことだし、文化が広がることだと思う」

しりあがり「(中島信也氏に向かって)リリーさん広告の立場からは?」

中島 「そうですね。いつからなのか、わかりやすいほうがいいという風潮がありますよね。確かにインターネットは便利だし、調べものなどあっという間です。でも私らの世代は、便利な環境や習慣がなかったからこそ、頭に入れるしかなかった。でもそれが大切。覚えない現象が、脳が外付けになってきているのは、まづいですよね。浦沢さんが描いたリリーさんの似顔絵も、脳のハードディスクから取り出しているんですよ。だからオリジナルだし本質がわかる」

このあと、冒頭のしりあがり氏の振りとは別に、コンテンツの本質論へ話は進んでいった。第一線で活躍するクリエイターが、そうなる前からこだわり続けてきた本質、今なおそのこだわりと進化を続けようとしている姿勢。

最後に、特に印象深かったことを1つ記しておきたい。浦沢氏の言葉だ。

浦沢 「漫画をコンテンツと呼んでほしくない。コンテンツにはなにか、お金の匂いがする。僕が描いているのは漫画だ。漫画家は、一人で考えて、構成して、絵を描く。漫画家ほどクリエイティブなものはないんじゃないか。世界では漫画が日本と同じ右側から読まれるようになって初めて、本来の形でブレイクしだした。こちらのやり方を変えるより、教えてあげる必要がある」