3DCGを志す者であれば誰もがその名を知る映像制作会社 ILM。そのILMで15年のキャリアを持つトップアーティスト、アレックス・イェーガー氏(以降、イェーガー氏)に、3DCG制作に携わる者としての心構えや、アーティストとしての素養を養うためのノウハウを伺った。

最初にILMで携わったのはモデルビルダーとしての仕事だった

ILMに所属するCGクリエイター、アレックス・イェーガー氏

学生時代に自動車やインダストリアルデザインを学んだイェーガー氏。そういった経験が映画『スター・ウォーズ』シリーズの制作にどのように活かされてきたのだろうか。

「私は学校を卒業した約2カ月後にILMに入社し、そこでモデルビルダーという役職で仕事を始めました。ILMにおけるモデルビルダーとは、模型やミニチュアを作ったりする人間のことを指します。映画『ミッション:インポシブル』(1996)や『コンゴ』(1995)などの作品で作成したモデルを採用してもらうなかで、インダストリアルデザインを学んできたことが活きていました」

その後、モデルビルダーの職から美術部門へ異動して現在に至る。「実際に手を動かして物を作るのは好きだったのですが、美術部門へ移れて良かったと思っています。なぜなら、その環境は私が学校で学んできたことはもちろん、自分自身の本領を発揮できる場所だったからです」

自身でも個人的な創作活動の一環として、時間があれば自動車のデザインを続けているイェーガー氏だけに、本格的にデザインに携われる美術部門での仕事は天職だったのだろう。

単純な発想はしないこと。常に新しい切り口を模索せよ

映画『スター・トレック』(2009)の作中で、実際に誰もその目で見たことのないブラックホールという存在そのものをデザインしたイェーガー氏。言い換えるならばデザインの根幹、映画で描く世界を創造してきたわけだ。そういった"未知の物"をデザインするのは非常に難しい作業なのでは? という素人考えで感じたことをぶつけてみた。

「難しい点は、まず他の人が簡単に想像できるようなものを作らないこと。要は新しい発想、別の表現を探すところが難しいんです。私自身、色々なものを見て参考にし、思いがけないところからヒントを得たりしながら自分のアイディアに盛り込んでいく手法を取っています。例えば、ブラックホールについては皆さんが想像するような渦を巻く姿、例えばトイレを流したときの渦巻き……といった発想はしないようにしています。もっと違うものとしてブラックホールを表現するのであれば、ものとしてではなくキャラクターに例えようと考えました。そのキャラクターにエネルギーがあって、生命があって、生命であれば脈動があったりとか。まず、物のとらえ方を変えるところからスタートします」

こういった無機質なブラックホールもひとつのキャラクターとして捉えるという柔軟さ、発想の転換が映像制作の現場で活きるというわけだ。さらに、バルカン星が崩れていくシーンでは、意外なものからインスピレーションを得たという。

「バルカン星がブラックホールによって崩壊していくシーンですが、あのイメージは"腐っていくリンゴ"の映像を参考にしたものなんです。それをヒントにし、ビジュアライゼーションへと繋げていったんです。"当たり前のことを考えない"、"当たり前のものを作らない"、そういったチャレンジが必要なのだと思います」

新しい視点で発想するための訓練方法は"書き残す"こと

星が崩壊していくシーンがリンゴの腐る様子をモチーフにしていたとは驚きだ。だが、イェーガー氏のように「当たり前のことを考えない」、「当たり前のものを作らない」という一見単純な思考を実践するのは難しい。では、日々どのように意識していれば、アイディアへと昇華できるのだろうか。

「アイディアが頭に浮かんだら、すぐに書き残すことが大切です。そして、そのアイディアに関連するものをどんどん書き出していくんです。直結しなくても気にしないこと。"そのアイディアは、一体どこから来たの? "と疑われることまで書いてしまうように心掛けましょう。ここでのポイントですが、最初のアイディアは、他の人が考えることと同じである場合が多々あります。ですので、書き貯めたアイディアはあとから足していったものが、結果として良いヒントになっていることがあります」

ゆったりとした口調ながらも力強さと説得力を持って語るイェーガー氏。そしてイェーガー氏は、アイディアの源泉となる情報の収集方法についてもアドバイスをくれた。

「なるべく多くのものを見ている人ほど、発想が豊かになるでしょう。ですので、私も様々な参考資料を常にチェックするようにしています。でも、参考資料を探すときはあまりつまらない探し方をしないようにして下さい。例えば"宇宙の絵を作りたい"といった場合、Googleで『宇宙』と入力して画像検索するというのはつまらない。宇宙と関係がなくても、役に立つアイディアは色々なところにあるんです。視界を広くしていくように心掛けることこそが大事なのではないかと思います」

そして、集めた情報の保存方法についても「私の場合は、いろんな写真が掲載されたブログやWebサイトを頻繁にチェックしており、気に入った画像があれば、すぐに自分のお気に入りの画像フォルダに入れておきます。たとえすぐに使わなくても、そのフォルダの中を探ればアイディアの元が出てきます。私は、個人的にきっちりと整理するタイプじゃないので大雑把に"クルマ"、"テクスチャ"といった形でフォルダ管理しています」

イェーガー氏はこのような方法で、珊瑚や木片からインスピレーションを受け、銀河を描いたビジュアルをデザインした事もあるとのこと。

後編では、現在イェーガー氏が手がけている映画『Transformers: Dark of the Moon』(原題)のCG制作について語ってもらう。