平成『ガメラ』3部作、『デスノート』全2作など、様々なエンタテイメント作品を監督してきた金子修介の最新作『ばかもの』が2010年12月18日より劇場公開される。芥川賞作家 絲山秋子の同名原作を映画化した金子監督に話を訊いた。

金子修介

1955年生まれ。東京学芸大学卒業後、助監督として日活に入社。1984年、ロマンポルノ『宇能鴻一郎の濡れて打つ』で監督デビュー。そのほかの作品に『毎日が夏休み』(1994年)、『ガメラ 大怪獣空中決戦』(1995年)、『ガメラ2 レギオン襲来』(1996年)、『学校の怪談3』(1997年)、『F(エフ)』(1998年)、『ガメラ3 邪神〈イリス〉覚醒』(1999年)、『クロスファイア』(2000年)、『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』(2001年)、『あずみ2 Death or Love』(2005年)、『デスノート/デスノート the Last name』(2006年)、『プライド』(2009年)など多数

久々に文芸作品に挑戦した金子監督

――金子監督は様々な作品を監督されていますが、『ばかもの』は『F(エフ)』以来の文芸モノですね。

金子修介(以下、金子)「僕の主観で言うと文芸モノというか、作家さんの作品世界を映画として描いたという意味では、宮部みゆきさん原作の『クロスファイア』以来という意識ですね」

――『ガメラ』シリーズや『デスノート』の印象が強いせいか、このような文芸作品は、監督のフィルモグラフィーの中では、やや異質な印象があります。普段の作品と比較して、苦労された部分などは?

金子「僕のフィルモグラフィーは怪獣映画のような大フィクションが多いのですが、この作品は完全にリアリズムの作品です。僕にとって、実は難しいという意味では、大フィクションのほうが難しいんです」

――『ばかもの』で特に注力したのは、どのような部分だったのでしょうか?

金子「今回は、絲山さんの原作の行間を読むという努力をしました。それは、役者も同じだったと思います。文字から喚起した演技を僕が捉えるという共同作業に注力した感じですね」

――物語を10年としたのには、どのような意味があるのですか。

金子「原作は『長い間』としか書いていないんですが、映画という具体的な作品にするために10年に区切ったんです。自分の人生にしても10年でひと区切りという感がありますし、ヒデという男の10年というものを描いてみたかったんですね」

『ばかもの』

大学生のヒデ(成宮寛貴)は年上の額子(内田有紀)と出会い、彼女の魅力に溺れるが、突然捨てられてしまう。数年後、社会人となったヒデは、虚しさを抱えアルコール依存症になっていた。出会いから10年後、ヒデと額子はお互いにまったく変わり果てた姿で再会するのだが……。
(C)2010「ばかもの」製作委員会

――成宮寛貴さんは、見事にひとりの男の10年間を演じ分けていました。

金子「最初は成宮君も悩んでいたので、5通りでの演じ分けを提案しました。純粋な男、振られた後の姿、お酒に溺れていく姿、アル中になってしまった姿、最後の再生した姿の5パターンですね」

――ヒロインの内田有紀さんの演技も、内面だけでなく、外見も変わるという意味で難しかったと思うのですが。

金子「内田さんは原作の額子に惚れ込んでくれただけあって、ぶっきらぼうだけど、純粋さが瞳に現れているという額子そのものでしたね」

――主人公のふたりが、何よりもセックスで深く繋がっているというのも、この映画では大切なポイントです。こういう空気感というか、テキストで説明できないテーマを一般の映画で描くのは、なかなか難しい部分もあると思うのですが。

金子「よく言われる『心の絆』というものにしても、根本にはセックスがあると思います。そういうものだということを背景に置いたうえで、僕は心の絆を描きたかったんです。セックスから出てくる真の愛というのも、この作品で描きたかった」

――セックスによる繋がりを描いているのですが、観ていて救いというか、とにかく希望が感じられる作品でした。

金子「ダークなままでは終わりたくない、再生して希望がある形じゃないと映画として描く意味がないと思っていましたから」