東北大学および日立製作所は、半導体論理集積回路を不揮発化する高性能垂直磁化TMR(Tunnel Magneto-resistance:トンネル磁気抵抗)素子を開発したことを明らかにした。

TMR素子は、、磁性電極(磁石)の磁化の向き(N極/S極の向き)により、高抵抗・低抵抗が切り替わる不揮発性スピントロニクス素子。1ns程度の時間で書き換えが可能で、しかも書き換え可能回数はほぼ無限大、かつプロセスの微細化や低電圧での駆動にも対応できる。

垂直磁化TMR 素子の基本構造と、2 つの磁性電極の磁化状態と抵抗の関係を表した模式図。図では、例として低抵抗状態をビット情報"0"、高抵抗状態をビット情報"1"に割り当てている。また、書込みたいビット情報に合せた向きに電流を印加することによって記録層の磁化が反転しTMR素子に情報が書込まれる

不揮発性メモリ素子と集積回路を組み合わせた不揮発性論理集積回路では、非駆動時におけるデータを保持するための待機電力が不要となるほか、1チップ化されることによる動作時の配線遅延や消費電力の低減が可能になると期待されている。しかし、こうした要求に応えるためには、書き換え速度や書き換え回数、プロセス微細化への対応などのほか、十分な抵抗変化、低い書き換え電流、350℃を超える熱処理耐性、低コスト化への対応などの課題が存在していた。

特に、以下に示す4つの項目に対応可能な素子の早急な開発が求められていた。

  1. 高い不揮発性をもたらす高い熱擾乱耐性
  2. トランジスタのON電流以下の低い磁化反転書込み電流
  3. 大きな出力信号を得るための高いTMR比(100%以上)
  4. 標準半導体製造工程で必要とされる350℃の高い熱処理温度耐性

今回、研究グループでは、トンネル障壁となる絶縁体と磁性電極の界面に存在する垂直磁気異方性を利用することで、高性能な垂直磁化TMR素子を開発したという。

具体的には、TMR素子材料として、高いTMR比を示す組合せである、コバルト鉄ボロン磁性電極と酸化マグネシウム障壁層を採用。通常、この組合せでは磁性電極の磁化は膜面に対して平行方向になるが、コバルト鉄ボロン磁性電極と酸化マグネシウムの膜界面において垂直磁気異方性成分があることに着目し研究を進めた結果、この磁性電極と絶縁膜の間に生じる磁気異方性を素子に使うことができるほど大きくすることが可能であることを発見した。

今回の成果の最大の特長は、コバルト鉄ボロン(CoFeB)/酸化マグネシウム(MgO)/コバルト鉄ボロン(CoFeB)の構造を基本構造とする面内磁化TMR素子において、コバルト鉄ボロンと酸化マグネシウムの膜界面にある垂直磁気異方性成分を大きくすることで、高い熱擾乱耐性を有する垂直磁化TMR素子を実現した点。この結果、4つの論理集積回路に用いるための課題を同時に満足させることに成功したという

この発見の後、コバルト鉄ボロン強磁性電極層の膜厚を最適化することで、コバルト鉄ボロンの磁化を垂直方向に揃えることに成功した。

(a)はTMR素子構造の断面図を示している。障壁層である酸化マグネシウム(MgO)を2つの磁性電極のコバルト鉄ボロン(CoFeB)で挟んだ3層が基本構造であり、その上下に電極層がある。上側のコバルト鉄ボロンが記録層であり、下側のコバルト鉄ボロンが固定層。(b)はTMR素子の接合部の走査型電子顕微鏡(SEM)写真 。この写真はTMR素子作製工程の途中で、この上に上部電極が作製される

これにより、磁気異方性は増大し、直径40nmに寸法を微細化したTMR素子においても十分に高い熱擾乱耐性指数(=43)を確保することが出来たほか、磁化反転に必要な電流も小さくなり、49μAで磁化反転することが確認された。

(a)はTMR素子に垂直方向の磁場を印加した場合のTMR素子抵抗特性を示す。2つの磁性電極の磁化が平行であるとき低抵抗を、反平行であるとき高抵抗を示していることがわかる。図の実線は、記録層と固定層の2つの磁化方向が異なる磁場の大きさで磁化反転している様子を示している。図の破線は、記録層の磁化が磁場によって磁化反転している様子を示している。(b)はTMR素子に電流パルスを印加した場合のTMR素子抵抗特性を示している。正方向に電流を印加するとある一定の電流値を超えたところで記録層の磁化が反転し高抵抗に変化している。負方向に電流を印加すると、ある電流値を超えたところで低抵抗に変化している

また、これまでの垂直磁化TMR素子では実現できていなかった、124%のTMR比を、熱処理温度350℃において実現し、半導体論理集積回路製造プロセスにおける熱処理工程後も、高いTMR比を有する素子が得られることを示した。さらに、従来のTMR素子で用いられていた貴金属材料を用いていないため、資源戦略およびコスト的にも有効的な手法となることが示された。

従来の面内磁化TMR素子では微細化したとき熱擾乱耐性が小さくなり、記録保持時間が短くなってしまう。一方、垂直磁化TMR素子では高いTMR比が実現できない、熱処理耐性が得られないなどの課題があった。今回開発に成功したTMR素子では、従来の面内磁化TMR素子と垂直磁化TMR素子の利点を両方備えている

なお、直径40nmの素子寸法は、開発中の縦型トランジスタを用いたメモリに換算して8Gビットのメモリ容量を実現できるサイズであり、研究チームでは、これによりTMR素子を用いた不揮発メモリ混載論理集積回路の実現への道が示されたとしている。