standards(基準)=「自由」なクリエイティビティの基盤

「コカ·コーラには、ハウスと呼ばれるBVA(Brand Vision Architecture)が決められています。これはブランディングの核として、ブランドのビジョン、すなわちブランドが目指すべき方向性を具現化するのに必要なものを文章化したもので、ターゲットやブランドの方向性などを明確に規定しています。企業としてのアンビション、最終目標として位置づけられているユニバーサルアイコンとしての「Happiness」という考えなどの大枠が規定されているんですね。BVAの下には、Design Principleという項目で、デザインがどうあるべきかを規定したものがあります。例えば、コカ·コーラであれば“Bold & Simple”(ボールドでシンプル)、“Real Authenticity”(本物感)、そして“Power of Red”(赤というブランドのシンボルカラーが持っている力)、“Familiar Yet Surprising”(親しみがありながらも、驚きがある)。これらがコカ·コーラのデザインにおける4つの基本として定義されているのです。それを踏まえて、このBrand Identity & Design Standardsが受け皿として存在し、Design Principleなどで定義される要素を具体的な表現に落とし込むための基準(スタンダード)として明示されています」

クリスマスキャンペーンのビジュアルひとつにおいても、standards(基準)が元になったグラフィックデザインが展開される

「Coca-Cola Happy Music」キャンペーン展開例。キービジュアル(左)からライブステージの舞台美術(中)、ライブ会場のグラフィック(右)など

しかも、これらの基準を開発・導入することはブランディングにおけるデザインのプロセス管理という側面だけに特化したものではなく、企業としての理念の共有や、コスト削減など実利的な効果をももたらす意図があるという。

「策定するにあたっては、デザインをサステナブル(持続可能)にする意図もありました。つまりその基準を、一時的にではなく永続的に活用できるベースとしていけるようなものにしていくということです。これは加えて、コスト削減の実現にもつながるんですね。具体的には、デザインフィーを削るという意味においてだけではなく、世界中でひとつの考え方を共有することで、ローカルエリアで積極的にアダプテーションできる可能性を導き出し高めていくことにも繋がります。つまり、デザインを世界中でシェアすることによって、同じようなデザインの開発作業の重複を避けることができるんですね」

ここでポイントとなるのが、Standards(基準)という概念。ブランディングには付き物である「ガイドライン」や「マニュアル」ではない。“Freedom within the Framework”(枠組みの中における自由)という言葉に示されるように、大きな枠組みの中で守ってもらうべき考え方を明示すると同時に、「縛り」というニュアンスをなくす中で、より自由なクリエイティビティが重要視されることを示唆している。

左右ともにTVCMのエンドカット展開例。ユニバーサルアイコンとして掲げられた「Happiness」のデザインも“Freedom within the Framework”の枠組みで制作されている

「ここでいう基準というのは、ブランドの世界観を構成するのにはどういう要素があって、どう組み合わせて、いかなるコミュニケーションのスタイルを持つべきなのかを定義することです。マニュアルやガイドラインという『縛り』の対極にあるもので、よりクリエイティブにブランディングを構築するための基盤となるもの。確かに、一部にはかなり細かい内容になっていますが、この制約でどんなサプライズを生み出していけるのか、それこそがクリエイティブを活かすこと、つまりクリエイティビティを発揮するということだと思うんですね。ブランドが維持されることとは、まさにこのクリエイティビティに支えられていることでもあります」