産業技術総合研究所(産総研)と科学技術振興機構(JST)は、東北大学電気通信研究所の小坂英男准教授と共同でJST目的基礎研究事業の一環として、GaAsを用いた半導体人工分子(二重量子ドット)に閉じ込めた2電子スピンの量子力学的重ね合わせ状態を電気的に測定する方法を理論的に開発したことを発表した。

同研究グループは、半導体二重ドットに閉じ込められた2つの2電子スピン状態(スピン一重項・三重項)の量子力学的重ね合わせを電気的に測定する方法を理論的に開発した。従来の測定方法ではスピン一重項の成分と三重項の成分それぞれが現れる確率を知ることしかできなかったが、今回開発された方法を利用することで確率とともに2状態間の量子力学的な相対位相を検出することができ、2つの電子スピンの量子力学的な状態を完全に測定することが可能になった。

同測定方法は基礎物理学の観点から興味が持たれるだけでなく、量子情報処理デバイスの開発に必要な量子状態の初期化や演算結果の確認方法を実現するものとなる。 2つの量子ドットが1つずつ電子を保有する時、従来の測定方法ではパウリスピンブロッケード現象が生じるかどうかで2電子状態がスピン一重項なのか三重項なのかを判定し、量子情報の読み出しを行っていたが、それでは重ね合わせ状態を測定した場合、スピン一重項・三重項のそれぞれが現れる確率しか検出できず、量子力学的な重ね合わせ状態の一面しかとらえることができなかった。

二重量子ドットの模式図(青い球が1個の電子を、赤い矢印がスピンの向きを、点線は電子が存在し得る範囲を表す)

パウリスピンブロッケード(2つのスピンの向きが平行の時、パウリの排他律により電子は移動できなくなる)

今回、左右の量子ドット上と量子ドット間に配置されたゲート電極の電圧を断熱的に調整した後、左右の量子ドットに滞在する電子数を測定するという方法を提案。ここで左右の量子ドット上にあるゲートの操作は2つの量子ドット内の静電エネルギーを、量子ドット間のゲートの操作は電子の量子トンネル確率を、それぞれ変化させることに相当し、研究では、半導体中電子のスピン―軌道相互作用を考慮した量子トンネル過程を取り入れることで、理論的な解析を実現した。

ゲートを操作することで、2つの量子ドットに滞在する電子数をそれぞれ測定、電子の集団として処理するアンサンブル平均を取ると、左右の電子数差は重ね合わせ状態における一重項と三重項の相対位相の関数として振動することが見いだされたという。これによりスピン一重項・三重項が現れる確率と2状態間の相対位相を同時に測定することが可能になったとする。

一連のゲート操作(iは測定される2電子は初めに左右の量子ドットに1つずつ閉じ込めておく。iiは中央の障壁を引き下げ、量子ドット間の電子の移動を可能にする。iiiは電圧をかけることで右の量子ドットにいる電子はスピン―軌道相互作用によるスピン反転を起こしながら確率的に左の量子ドットへ移動する。ivは再び障壁を引き上げた後、左右の量子ドットに存在する電子数を測定する)

量子ビットとして利用するスピン一重項(S)と三重項(T0)の任意の重ね合わせ状態は、ブロッホ球の球面上の点として表現できる。従来の方法で得られる情報は球面の緯度のみだったが、今回の成果では球面上の点の位置(緯度と経度の両方)を特定し量子状態の全体像を推定することが可能となる。

スピン量子ビットのブロッホ球

このような測定方法は基礎物理学の観点から興味深いだけでなく、量子情報処理デバイスの開発に必要な量子状態の初期化や演算結果の確認方法を提供するもので、半導体人工分子を使った量子情報処理デバイスの開発が促進されることが期待されるとしている。

なお、電子スピンを利用した量子ビットの実用化には、GaAsなど材料のさらなる高品質化に加え新たな量子機能の付加・強化のための理論的提案も不可欠となっており、産総研らは今後は固体素子による量子インタフェースの実現に向けた新たな量子デバイスの設計を行うことで、将来の量子情報社会の基盤技術を確立したいとしている。