今回のシンポジウムの主題である人材育成に関して、まず、東大副学長である平尾教授から「次世代スーパーコンピュータと人材育成」と題する基調講演が行われた。平尾教授は、地球温暖化、エネルギー問題、食糧問題、高齢者社会、南北問題などの複合的な問題の解決には、学問分野を横断的に複合したアプローチが必要と述べ、その重要な鍵が計算科学であると位置づけた。そして、計算科学の振興と人材の育成が重要と述べた。

人材育成に関して基調講演を行う平尾東大副学長

既に東京大学は、グランドチャレンジを自ら作り上げ、モデル、アルゴリズム、ソフトウェアを開発でき、システムアーキテクチャを共同開発できる人材を育成する学際計算科学・工学人材育成プログラムを始めているという。

そして、今回のシンポジウムでは、テーマ別に次の5つのパネルディスカッションが行われた。

  • 分科会A:「次世代の産業界をリードする人材の育成を目指して」
  • 分科会B:「計算機科学と計算科学の学際融合―その意義と人材育成を考える―」
  • 分科会C:生命統合体シミュレーション「来たれ 若人」
  • 分科会D:ナノ統合シミュレーション「計算科学者、計算機科学者、実験研究者および産業の接点と人材育成―ナノ統合ソフトについて―」
  • 分科会E:素粒子・原子核・天文宇宙「次世代スパコンで物質と宇宙の進化を探る」

ここで計算科学と計算機科学という言葉が出てくるが、計算科学は、物理現象を数学モデルを作りコンピュータでシミュレーションを行ってその振る舞いを研究する計算物理、化学反応の数学モデルをシミュレートして振る舞いを研究する計算化学などの、計算による科学の総称である。一方、計算機科学は、英語のComputer Scienceで、計算機をいかに作るかという学問である。

多くのセッションにおいて、物理、化学、生物などの専門家はコンピュータをあまり知らず、効率の高いプログラムを作れていないことが指摘されたが、次世代スパコンのような超並列マシンになると、ハードウェアシステムを効率的に使うソフトウェアの開発は、より難しくなる。これらの分野の計算科学の研究者と計算機科学の研究者が協力して、学際的に研究、開発をおこなわないと計算科学の革新はできないという認識は共通していた。

しかし、計算機科学者が特定の問題の解決に協力しても、物理や化学の成果にはなっても、計算機科学者の成果にはならず、論文に共著者として名前も載らないのでは、協力のインセンティブにならない。また、大学の物理や化学の学部では、計算機科学の素養をもった人を採用するポストがなく、育成した若い人のキャリアパスが描けない。これでは、この分野に優秀な若い人は集まらないなどの問題が指摘された。

また、米国はSciDAC(Scientific Discovery through Advanced Computing)というプログラムがあり、年間50~60億円の予算が付けられている。このプログラムに応募するには、ターゲットの問題の専門家と応用数学の専門家、計算機科学の専門家がチームを作って先進的な計算手法、ソフトウェアを開発することが条件となっている。日本でも、このプログラムような学際的融合研究を進める仕組みを作るべきという議論も出た。

そして、最後のまとめの全体セッションでは、計算科学を21世紀の革新技術と位置づけ、そのための人材育成に取り組むことが重要と述べ、

  1. 多様な教育、人材育成プログラムの展開:計算科学の将来を支える人材に必要な素養を明らかにして関係者で共有し、大学、大学院教育で素養を身につけさせる。そして、学際型の教育・研究プロジェクトの整備、具体化を強力に推し進めるべきである。また、これらのプログラムで育成された人たちのキャリアパスを確保することにより、優秀な人材を継続的に確保できるようにすべきである。
  2. 人材育成に関する産学の連携促進:人材育成に関して、実践力を涵養するには産業界との協力を加速するべきである。大学のシーズと産業界のニーズを相互に理解する場を作り、産業界のスーパーコンピューティングの利用を促進し、育成された人材のキャリアパスを確保するという正のスパイラルを作ることも必要である。そして、次世代スパコンの利用に関して大学と産業界の協力を加速する具体的な措置を講ずるべきである。
  3. 人材育成機能の各拠点間で分担の明確化・具体化:次世代スパコンセンターを中核とする研究教育拠点の人材育成機能を明確化し、大学の情報基盤センターなどの既存の拠点との連携とそれぞれの教育機能の分担の明確化を早期に具体化することが必要である。そして、次世代スパコンの利用にあたっては、大学生や若手の研究者などの利用機会の確保と、利用の支援体制の充実を図る必要がある。

という提言をまとめた。(※この提言の内容は筆者が要約したものであり、提言の全文については本シンポジウムのページに後日掲載されるものを参照されたい。)

全体セッション:右から座長の土居中大教授、分科会Aの加藤東大教授、分科会Bの宇川筑波大教授、分科会Cの阪大中村教授、分科会Dの名古屋大岡崎教授と分科会Eの青木筑波大教授