フジテレビもライブドアも「株」に振り回された観がある。だが、堀江被告が「時価総額世界一」を目指したライブドア株は、いまでは上場廃止となっている。平松社長は「再上場を目指す気があるか」と問われ、「再上場は、我々の方でできるとか、したいというようなものではない問題だ。安易に再上場しようなどと考えていない」と語っている。堀江時代には一時、営業利益の8割を占めていた金融事業はすでに売却している。これら、旧ライブドアを躓かせる一因ともなった買収/合併路線や、金融事業は「やる予定はない」(平松社長)としている。

1年前、USENと提携、同社からの支援を受け、再生を期していた時点では、動画配信サイトGyaOのコンテンツの力を借り、ポータルを活性化しようといったものだったようだ。しかし、いわゆるドッグイヤーのコンピュータ産業界だ。この1年で、IT、インターネットを取り巻く環境は、潮流が変わってきた。CGMが新たな事業拡大の鍵を握るとの発想がこの業界で力を得てきている。今回のライブドアの選択も、このような流れに沿ったものだ。本来のITベンチャーとしての姿勢にもどったともいえる。

新たな節目を迎えるにあたり、「ライブドア」の名を変えることも検討されたようだが、平松社長は「社員たちが、どうしてもライブドアで行きたいと主張した」と明かす。新生ライブドアの出澤剛社長は「我々の思いとして、良くも悪くもこの名でがんばってきたのであり、あえてこの名と向き合っていこうと考えた。また、変えるとポータルドメインの名も変えなければならなくなり、ユーザーに迷惑がかかる」と、その背景を説明した。

出澤氏は、2002年に、旧ライブドアの前身、オン・ザ・エッジに入社、旧ライブドアではモバイル事業などを担当し、上級執行役員を務めていた。複雑な気持ちが見え隠れしている。

だが、同社はコスト削減を主眼とした経営合理化策ということで、独自のニュース報道部門の閉鎖、ショッピングモール部門の提携先への移管などを実施、さらには7月をめどに六本木ヒルズから社屋を移転する。堀江色はいっそう薄まっている。