「セミナーで学んで、人生を変えよう」「この投資をすれば、1年で資産が10倍になる」この手の自己啓発セミナーは、巷でよく見かける。
経営者の青野豪淑さんも、セミナーにハマったうちのひとり。港区のパーティ、1回200万円の“教材”、カニの輸出ビジネス……夢を語る大人たちに導かれるまま、大金を投じた彼は、いつしか“自分の人生を賭ける投資”が止められなくなっていた。
年収4,000万の若きトップ営業だった男が、26歳で借金4,000万を背負うまで。華やかさの裏で静かに崩れていった、“セミナー地獄”の実態を語ってもらった。
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青野豪淑氏: IT・ゲーム開発を手掛ける株式会社フリースタイル代表取締役社長。1977年大阪生まれ。かつて自己啓発セミナーにのめり込み、26歳で借金4000万円を抱えた過去を持つ。2006年に同社を設立。現在は自らの経験を生かし、社内教育を通じた人材育成に力を注いでいる。
「21歳で月収200万」トップ営業マンがハマった“セミナー地獄”
――青野さんが「最も稼いでいた時期」はいつでしたか?
青野豪淑さん(以下・同)21歳から25歳くらいまでですね。不動産の営業職で、完全歩合の会社だったんですけど、月収200万円、冬のボーナスは800万円。年収4,000万を超えていました。
ピークは25歳。社内でも表彰されて、全社員の前でスピーチしたり「すごく稼ぐサラリーマン」としてテレビの取材を受けたこともありました。
――豪華な生活をしていたんですか?
スーツは1着だけ、ベンツも乗ってない、普通のワンルーム。うちは貧しかったから、普通の生活がしたい、と思っていました。
部長や課長より稼いでいたので「俺は選ばれた営業マンだ」って、天狗になってました。「部長、僕より全然仕事してないですよね?」と聞いたこともあります(笑)。見た目は質素だったけど、内心は“俺が一番”って思ってました。
――さぞかし、女遊びも……。
接待で女の子の店に行くことはあっても、断ってました。社内の女性から「このあと、どうですか? 」って飲み会で言われても「そんなこと言ってないで仕事したら?」とか返していて。今思えば、もったいないことしてたな(笑)
そんな自分に自信がなくて、自己啓発セミナーにハマってしまったんですよね。
「自己啓発セミナーに2,000万」“次のステップ”ではビジネスの勧誘も
――自己啓発セミナーに行くきっかけは何でしたか?
最初は、プレゼンのスキルを学ぶためでした。「人前でうまく話せたら、もっと契約が取れる」って思って。それが良かったから、他にもExcelの使い方とか、きれいな字の書き方とか、次々と申し込んでいきました。
僕は高卒で、大学を出ていないことにすごいコンプレックスがあったんです。それを埋めることができるような気がしたんです。
――月収200万なら、問題なく払える気がしてしまいますが……。
この手のセミナーって、一回じゃ終わらない。「次のステップ」があるって言われて、どんどん高額の講座に誘導されていく。200万円の教材とか、50万円の“選ばれた人しか行けない”パーティとかに案内されるんです。
「これを受けない人は本気じゃない」「本気なら借金してでも来る」みたいな空気があるから、誘われたときに、断るのが難しいんです。「港区で100億の社長が来るから君にだけ声をかけた」「行かないの? じゃあ他の子誘うね」とか言われて。もう、“断る=やる気がない奴”ってレッテルを貼られてしまう。
こっちは成功したくて、人生変えたくて参加してるから、行かないって言えなくなる。気がついたら、交通費、会食代、カフェ代……月60万円くらい、生活費も全部そこに流れていってました。
――自己啓発で投資した金額は、どれくらいになるんですか?
セミナーには、2,000万円以上です。でも、それだけじゃ終わらなくて。講師から「フィリピンでカニを養殖するビジネスがあって、1,000万出せば15億になって帰ってくる」って誘われて、また別にお金がかかってました。
もちろん1,000万出して、その人はいなくなりました。
「借金4,000万、朝6時から取り立て」絶望からどうやって売り上げ17億に返り咲いたか
――そもそも、そこまでお金に執着したのはなぜですか?
僕は6人兄弟の末っ子で、子どものころはすごく貧乏でした。父親はお酒を飲むと母親に手を上げる人で、夜になると殴り合いの喧嘩が始まる。そんな親を見ていて、「お金がないから人は壊れるんや」と思い込んで育ったんです。
だから子どもながらに「お金を稼いでこの家から出よう」って兄たちと話していました。サッカー部に入りたかったけどスパイクを買うお金がないから、入部すらできない。修学旅行も行けないから、「行きたくない」って嘘をついていました。そういうコンプレックスの塊でしたね。
とにかくお金が欲しくて、中学では新聞配達、高校では朝から夜までアルバイト漬け。家にはあまりいたくなかったし、とにかく稼いで普通の生活がしたかった。だから21歳で月200万円稼げるようになったとき、「これで自分の人生は変わる」と思ったんです。
それでも自己啓発セミナーの沼にはまって、自分で払えなくなって、借金に走りました。これが完全に間違いだったんですよね。
――借金取りから逃れようと「ベランダのパイプをつたって出勤」

