自動車の搭載技術は多様化しており、各技術の進化も速い。それでありながら、開発期間の短縮は各メーカーにとって喫緊の課題となっている。そんな現代の自動車開発において、欠かせない中核技術となっているのがドライビングシミュレータだ。今回はS&VLで最先端のシミュレータを体験し、技術者に話を聞いてきた。

  • S&VLの大型ドライビングシミュレータ

    最先端のドライビングシミュレータに乗った!

ドライビングシミュレータが自動車開発の核に

S&VLは今から2年前の2024年7月、群馬県太田市に誕生。社名は「Simulation & Virtual testing Lab.」の頭文字だ。今回はS&VL技術研究所を訪ねて、アジア域内において最先端となる大型ドライビングシミュレータ「DiM300」を体験した。

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    大型ドライビングシミュレータ「DiM300」

元自動車メーカー技術者で同社を立ち上げた村松英行CEOによると、シミュレータを活用する「最大のメリットは、自動車の開発初期で設計者と評価者が同じ場所で乗り合わせ、合意形成が素早くできるプロセス改革ツールになっていること」だという。

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    S&VLの村松英行CEO

「DiM300」はどんなシステム?

ドライビングシミュレータ「DiM300」は、大型施設の中にある縦15m、横15m、高さ10mの大空間に設置されている。1/1サイズのキャビン(2座)は、ホンダ「ヴェゼル」を新車購入してボディ前後を切除して製作。実車の剛性を保つため、事前設計に基づいてブレースの配置・補強をしているという。

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    眼前に広がるスクリーンだけでなく、バックミラー、サイドミラーにも連動した路面が表示され、より実車に近い景色を見ることができる

電動アクチュエーターによって全体を平面駆動させるのは、長い3本の大型シリンダー(トリポッド)だ。そのプラットフォームと車両の間に6本のアーム(ヘキサポッド)を配置して連結することで、いわゆる「バネ上」挙動を再現する。

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プラットフォームはエアベアリング方式を採用。稼働時には数ミクロン単位で浮上して低摩擦状態になるため(エアホッケーのようなもの)、1トン弱の重さでも手押しで動くレベルなのだとか。実際に床面まで降りてみると、プラットフォームを乗せる「定盤」と呼ばれる固い床の表面は、できうる限りの平面性を維持するためピカピカに磨き上げられているのがわかる。

バーチャル内でのスムーズな車線変更を可能にするため、稼働幅は300cmを確保。その300の数字が機材の名称に採用されたというわけだ。

大型スクリーンはドライバーの周囲260度にわたって広がる。高さは3.7m。クリアな画像を再現するため、天井には5台の高性能プロジェクタカメラが設置されている。

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室内の壁は全て無反射の黒塗装とし、吸音材を全面に使用して音響対策を行なっている。キャビン後方には、車内のドライバーと対話をしながら、体感する走行シナリオ(路面や天候、時間、交通の流れなど)や車両の変更・調整をリアルタイムで行うコントロールルームがあり、別室にはシステムを作動させる巨大なコンピュータルームがある。

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    音響対策は万全

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    コントロールルーム

超リアルな疑似体験

システムを確認し、いよいよシミュレータを体験してみる。

飛行場のデッキのような伸縮式の「橋」を渡って運転席に乗り込み、ステアリングとアクセル、ブレーキが操作しやすい位置にシートを調整し、シートベルトを着用する。

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    眼前に専用メーター

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    こんなモニターも付いていた

周囲の照明が消えると、眼前には2車線の直線コースが現れた。アクセルを踏み込むとあたりの景色が後方に流れ出し、バックミラーやサイドミラーには、走った道が映っている。この時点ですでに、普通のクルマを操縦しているのと同じ感覚になっている。

コース幅いっぱいを使ってレーンチェンジすると、車速やステアリングの操舵スピードに応じて、まさにこう動くであろうと思った通りにクルマが反応するのだ。

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次は平坦面、クロス溝・スタッド損傷コンクリート面、滑り止めパッチ、荒いアスファルト、平滑アスファルトの各路面が並んだ「バーチャル・プルービング・グラウンド」だ。

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乗り入れると、それぞれの路面ごとに、「ザーッ」というロードノイズや「ゴゴーッ」「ボコボコ」というボディの振動音が上下動を伴って伝わってくる。現実のコースのように、再テストするために大回りして元の場所に戻ってくる必要がないので、好きなコースをいつまでも走ることができるし、相当な時間短縮が行えるのだ。

スプリングやダンパー、ブッシュなどの交換は一瞬だ。パーツ交換による差がすぐに体験できるのは、シミュレータの大きな利点といえる。この日はタイヤを変えてもらったのだが、乗り心地に歴然とした差があることがすぐに把握できた。

最後は米国西海岸のハイウェイを模したコースで、晴れ、曇り、雨、朝、昼、夕、夜間など、天候と時間帯を変化させての走行シミュレートだ。

雨が降り出すと、濡れた路面に周りの樹木や壁のリフレクションが映り込むほどのリアルさで、自然と運転が丁寧になる。夜になると、ヘッドライトの照射範囲の狭さによって緊張感が増してくる。それぞれの条件によって変化する運転の仕方やドライバーの緊張度が、コントロールルームの画面上にデータとして表示されるのも面白い。

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試乗時間はわずか20分ほどだったが、短時間でこれだけバリエーションのある走行体験ができるというのは驚異的。バーチャルシミュレータならではのメリットを味わうことができた。

広がる活用範囲

フェローエンジニアの澁江秀明さんによると、以前は運動性能の分析がメーンだったシミュレータの活用法はどんどん広がっている。自動運転などの「ADAS」機能、機能性ヘッドライトの開発、インテリアや操作系の開発(HMD=ヘッドマウントディスプレイなども併用)など、より広い分野でのテスト依頼が増えているそうだ。

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    フェローエンジニアの澁江秀明さん

実際の道路でのテストには危険が伴ったりもする。同じ条件を再現して性能の違いを確かめるのは、シミュレータの得意分野だ。自動車開発にとって、ヴァーチャル空間がなくてはならないものになっている。

S&VLのシミュレータを直近で活用したのがスバルだ。開発担当者と部品メーカー担当者がその場で双方の意思確認を行いながら、実車であれば2~3カ月はかかる70あまりの設定検証をわずか5日間で終了させた。パーツ交換を数秒で完了できるシミュレータの恩恵だ。準備期間を含めると、部品の開発工程を1年も短縮することに成功したという。

村松CEOによると、シミュレータを使ったスムーズな開発を成功させるには、クルマやパーツだけでなく、メーカーそれぞれのテストコースが持つさまざまなデータをできる限り詳細に数値化して持ち寄ることが最も大事な点なのだという。

欧州だけでなく、最近は中国でもシミュレータの活用が広がってきているが、その持ち寄りデータ量の差と、それを分析するエンジニアの能力の高さが、優れたクルマを開発できるかどうかを左右することは間違いなさそうだ。

さらには、ステアリングを握る力の変化や運転時の表情の変化をAI画像解析で診断する新しい定量化手法を構築し、人間研究(ヒトの感性設計に向けた基礎研究)という新ソリューションへのアプローチも行なっているという。クルマだけでなく、ヒューマンファクターを分析することで、実交通下での性能を見極めることができるからだ。

今後、S&VLのシミュレータを活用してどんなクルマが生まれてくるのか。興味は湧くし、期待は大だ。