「鏡よ鏡、この世でいちばん美しいのは誰……?」

童話「白雪姫」で白雪姫の継母である王妃が魔法の鏡に対して投げかけるセリフだ。物語のなかで王妃は自分が一番ではないことに腹を立て鏡を割ってしまうが、この問いに対して「それは、あなたです」と自分の大好きな声優や俳優の声で返ってきたらどうだろう。

たとえそれがウソだとわかっていても、自然と口角が上がってしまうのではないだろうか。

IoTを活用してそんな”魔法の鏡”を開発しているNovera 代表取締役CEO 遠藤国忠氏にお話を伺った。

自分の状況を察してそっと寄り添ってくれる”魔法の鏡”

Novera 代表取締役CEO 遠藤国忠氏

4800年前の古代エジプトではすでに、金属を磨いて作製した鏡が利用されていたという。以来、「自分の姿を映す」という鏡の機能は現在に至るまでずっと変わらない。

変わらないということは、誰も鏡に対して不便や課題を感じていないということ。ここに新たな付加価値を与えようという発想で開発されているのが、スマートミラー「novera mirror」だ。

「鏡の本質は、自然と自分と向き合う道具です。ディスプレイで自分の姿を表示する製品なども出てきていますが、鏡は今でも毎日必ず利用しているのではないでしょうか。人が4800年間続けてきたことの本質は、そう簡単には変わらないのだと思います」

「しかし、AIや画像処理技術の発達により、鏡に映しだされた顔から健康状態やストレス、心拍数などの情報が取れるようになりました。この技術を利用して、毎日自分と向き合っている鏡が褒めてくれたり、自分の状態を認識させてくれたりするようになることで、なりたい自分に対して希望が持てるような、鏡と会話をしているうちに内面からキレイになれるような世界をつくれるのではと考えました」(遠藤氏)

顔立ちに合ったメイクのアドバイスも

novera mirrorは、化粧鏡としての機能に特化している。メイクやスキンケアは日々の生活において女性が必ず行っているものという考えからだ。

たとえば、メイクの方法を少し変えてみた際、自分に似合うかどうか不安に思うことがある。これに対し、褒めてもらえたり、適切なアドバイスがもらえたりするとしたら、なりたい自分に対して前向きな気持ちになれるだろう。

現在は、声優の音声でしゃべる鏡として開発中だという。心理学のエビデンスをもとに、セリフや鏡の中のキャラクターとの付き合い方が設計されており、ユーザーがよりポジティブな気持ちになれるような仕掛けを搭載していく予定だ。

遠藤氏は「鏡は本来受動的に利用するデバイスです。スマートスピーカーのようにAIとの音声コミュニケーションを行いたいわけではなく、ユーザーの状況を察してそっと寄り添ってくれるようなものをベースにしたいのです」と語る。

ハードウェア開発に適した環境

2017年1月の創業当初は、体型データをもとにしたサービスプラットフォームを作りたいという思いから、化粧鏡ではなく全身が映せる姿見の開発を進めていたNovera。同年4月にABBALabの出資を受けてDMM.make AKIBAに入居した。

同施設について遠藤氏は「スタートアップには資金がなく、オシャレなオフィスが持てないという悩みがあると思うのですが、DMM.make AKIBAであればきれいですし、メディアの取材対応もやりやすく良かったですね。

当初は姿見の組み立てを行うためにStudioも活用していました。秋葉原という立地なので、パーツが足りないときにはすぐに買いに行けますし、ハードウェア開発者たちにとってメリットは多いと思います」と評価している。

引き合い数多のなか、姿見から化粧鏡へピボット!! 何があったのか?

しかし同年10月、Noveraは壁にぶつかった。東京・虎ノ門で開催されている「イノベーションリーダーズサミット」という大企業とベンチャーのマッチングイベントに参加した際、商談数ランキングTOP20に選ばれるなど大手企業からの引き合いは多くあったが、姿見のBtoBサービスでは、当初目指していたサービスプラットフォームとしての立ち位置を築くことができないことに気づいたのだ。

「たとえばジムなどに姿見を納入する場合、自分たちが直接のユーザーを抱えることにはならないので、ユーザーデータの扱いに関して主導権を握ることができず、ただのハードウェアベンダーになってしまいます。また、全長180cmとサイズも大きく、最低でも15~20万円程度の原価となってしまうことから、BtoC向けの製品として売るのも難しいと考えました」(遠藤氏)

そして遠藤氏は、同イベントの1週間後には姿見から化粧鏡へとピボットすることを決意する。鏡では全身よりも顔を見ている。そして、顔を一番よく見ているのは毎日メイクをしている女性だ。

顔に特化したBtoC向けの製品をつくり、そこから得られるデータを活用したビジネスを展開していこうと考えた。2018年7月には、ポーラ・オルビスホールディングスからの第三者割当増資の発表も行っており、新たな美容サービスへの発展も期待される。

スマートミラー「novera mirror」※プロトタイプのため今後発売される製品とは異なります

サービスの成否はハードベンダーが苦手な運用面にあり!

遠藤氏は、前職でサイバーエージェントに6年間勤務しており、スマートフォンゲームのプロデューサーやプランナーとして活躍していた。インターネットサービスに携わっていた経験から、今後BtoC向けのIoT製品では日々の運用面が重要になることを実感しているという。

「インターネットサービスは新しい機能やトレンドを日々追加していくことでユーザーに利用してもらいやすくなりますが、そのノウハウは現状、世界中のIoTハードウェアベンダーを見てもほとんどありません。インターネットサービス企業での経験をもとに、IoTサービスの運用面に注力していくことで勝算はあると考えています」(遠藤氏)

2019年夏以降の発売に向けて、デバイスの開発や声優のアサインなど、やるべきことはまだまだ多くある。しかし遠藤氏は「貧しい人も裕福なひとも、鏡の使い方は同じです。世界中の鏡にソフトを入れていくことで、使っている人たちがどんどん笑顔になっていく世界をつくりたいですね」と野望に満ちている。