ポーランドで開催された学生ITコンペティション「Imagine Cup 2010」の組み込み開発部門で、東京工業高等専門学校(東京高専)のチームCLFSは準決勝まで勝ち進んだ。昨年のエジプト大会にも出場したが、第1ラウンドで敗退している。新生CLFSのメンバーたちが、どのように雪辱戦に挑んだのかレポートしよう。

国際ITコンペティション『Imagine Cup 2010』レポート

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マイクロソフトも「強化合宿」で支援

CLFSのメンターを務める東京高専 情報工学科の松林勝志氏は、「昨年の大会で、他国のファイナリストたちのプレゼンテーションを見たが、全くレベルが違う。プロジェクトの内容が負けていないとしても、英語力とプレゼン力が弱ければ勝てる見込みがない」と強く感じたという。

マレーシアからの留学生、Ling氏が参加。宮崎駿作品をはじめ日本のアニメが好きだったことがきっかけで、日本で学びたいと考えるようになったそうだ。自身もイラストを描くのが好きで、大会スタッフから依頼されたボードにスイスイと描くシーンも

昨年のCLFSでは最年少メンバーであった有賀雄基氏が、今年はチームリーダーとなり、残りのメンバーを校内から新たに募った。手を挙げたのは、久野翔平氏(ハードウェア担当)、松本士朗氏(ソフトウェア担当)、そしてLydia Ling(リサーチ担当)氏だった。Ling氏は英語、マレー語、中国語、そして日本語と語学が堪能なマレーシアからの留学生である。松林氏によれば、今回「ネイティブをチームに入れる」というのは戦略の一つでもあったそうだ。

CLFSは。ポーランド大会までの約2カ月間、ソフトウェアデザイン部門に出場するPAKENと一緒に強化合宿に参加。プレゼンスキル、英語スキル、ビジネスモデルレビュー、テクノロジーレビューといったトレーニングを休日返上で受けてきた。この強化合宿は、マイクロソフト日本法人が日本代表チームへの支援強化として行なったものだ。日本チームのここ数年のImagine Cupにおける実績を改めて検討し、世界を舞台に戦う人材の育成を目的として実施した。同社にとっては初の試みだった。

練習を重ねたプレゼンテーションの成果

ここで、ベスト6発表までのCLFSのメンバーの様子と10分間のプレゼンテーションの模様を、時系列に写真と共に追っていくことにしよう。

第1ラウンド前日(ポーランド到着当日)、昼食の後、さっそくリーダーの部屋に集まり、デモで使うハードウェアやプログラムの確認作業、プレゼンテーションの練習と各自が本番に備えて最終調整。この日の夕方、オープニングセレモニー後にも繰り返していたそうだ。写真右は、第1ラウンド開始直前の様子

まずは、有賀氏がCLFSのプロジェクト『Electronic Maternal and Child Health Handbook (電子母子手帳システム)』の概要を説明していく。

日本で60年前に導入された「母子健康手帳制度」は、国内の乳児死亡率の減少や妊婦・乳幼児の健康管理に貢献してきた。それにヒントを得たのが、体温計、体重計、メジャー、血圧計といった各種センサと、カメラやタッチパネル、そしてネットワーク機能をつなげた組み込みデバイスシステムである。

第1ラウンド開始。日本を発つ前の壮行会で披露したプレゼンテーションでも堂々として落ち着いていたが、この日の有賀氏はさらにパワーアップという感じ。部屋中に響き渡る通りのよい声で「Good Afternoon Everyone!」と、審査員を目の前に動じない様子でスタートを切った

当初、プレゼンテーションで発言予定のなかったデモ担当の久野氏も、自身とメンバーの一人である松本士朗氏(規定人数制限によりポーランド大会に参加できなかった)の役割について紹介した

Ling氏は随所で"問いかけ"を用いるなど効果的なプレゼン技法を取り入れていた。UIには、日本が得意とする漫画やアニメを利用したアイコンキャラクタを使い、識字率が低い地域の「幼児死亡率の引き下げ」「妊産婦の健康の改善」といった課題解決に取り組むことを強調した

女子高専生がラストミニッツで見せた気迫!

後半はLing氏にバトンタッチ。最貧国のひとつとしてバングラデシュをリサーチし、GMS方式のレンタル携帯電話を利用したインターネット通信により、記録のデータベース化や遠隔診断の機能も備えている旨を説明した。

終了2分前あたりで、Ling氏から発せられるひと言ひと言や身振りにも、力強さが増してきた。一瞬、Ling氏がさりげなくタイム表示に目をやり、心なしかピッチを速めた気がしたが、別に焦っているという風でもなく、落ち着いてプレゼンを進めていく。最後に有賀氏がコンクルージョンを発言し終えたのが9分34秒であった。

第1ラウンドのデモ審議。時間を置いてショーケースで行われた後半の審査では試作機によるデモも。審査員からの質問は「想定していた3問中2問が的中した」(Ling氏)

実はこの日まで重ねてきた練習では、デモを含めた通しで20分枠のプレゼンテーションを想定してきた。しかし当日の朝になって、プレゼンとデモを各10分、しかも別の場所、別の時間に行うというルール変更を聞かされた。結局、ギリギリまでプレゼンに手を加えていたのだという。

終了後、有賀氏は「リディアさんが、(有賀氏の)締めの言葉に余裕を持てるように持ち時間を回してくれたので、最後まで落ち着いてできた」と話していた。まさにLing氏の冷静沈着さの中にも、ここまでやってきたすべてを無駄にしたくないという"気迫"さえ感じた最後の2分間だった。

既報のとおり、CLFSは準決勝への進出を決めた。だが競技会場から戻った彼らは余韻に浸る間もなく、翌日に備えて対策を練らなければならなかった。第2ラウンドでは20分間の質疑応答形式となり、かなりタフな質問が投げかけられると予想されるからだ。長い一日を終え、すでに時刻は23時となっていた。

緊迫の第2ラウンドで見せた連携プレイ

いよいよ第2ラウンドだ。審査員が選出10チームの各ブースを回り、デモンストレーションを確認しながら質疑応答を行なう。文化科学宮殿までの道すがら訊ねたところ久野氏は、「割と落ち着いています。あとはやるしかない」と語った。Ling氏は「この先に絶対に進みたい」。第1ラウンドよりも「上を目指す」ことへの強い意欲が感じられた。昨晩はあれから、想定問答を再検討したということだが、果たしてどうなるのか。

第2ラウンド当日。昨晩は厳しい助言を行っていたメンターの松林氏。審査直前にLing氏にツーショットを求められた時には笑顔を見せた。「準備は整った。日本の代表として力を出し切ってほしい」(松林氏)。第1ラウンドで見せていた険しい表情はなく、あとはメンバーを信じるのみといった様子だった

第1ラウンドでは3人だった審査員が、第2ラウンドでは6人に増える。審査開始後、すぐに審査員のひとりから「ハードリセットをかけて」と要求された。駆動時間などを確認するためらしい。なるほど、これは手強そうだ。英語の堪能なリディア氏が中心となり審査員の質問を受け、技術面の詳細を有賀氏や久野氏が補いながら答えていく。

途中、各デバイスを使いながらのデモを交えて、久野氏とLing氏が質問に対応する間も、別の審査員が有賀氏に質問を投げかける。その意図がつかめず、一瞬とまどう。たった1~2秒のことだが、とても長く感じられる。気が付いたLing 氏が応援にまわり、質問の意味を把握した有賀氏が改めて英語で説明するといった具合に、まさにチームプレイで「競技」が進んでいく。

第2ラウンド開始。台湾から国立大学教授、中国から大学所属のリサーチャー、米マイクロソフトエンジニア、ジョージアテック(ジョージア州エンジニア/科学課程の有名校)の教授、フランスのコンサルティング企業社員、台湾の組み込みCPUボードメーカICOPのバイスプレジデントといった審査員の面々だ

質疑応答の内容は「各センサの接続方法は?」「具体的な設置場所は?」「消費電力は?」「データベース環境は?」「量産によるコストメリットは製造何台目で出てくる?」などといったように、技術的要素と現実的な問題にも及び、実現の可能性が重視されていた。

筆者がとくに印象的だった質問は、「体温計を使うにあたっての衛生面はどう配慮する?」だ。2名の欧米系審査員にとっては「体温計は口で計る」ものであり、日本では一般的な「脇の下で計る」方法は初耳だったらしい。小声で「国が違うと体温の図り方も違うのかな」とお互いに話し、若干疑問が残るような態度を見せていた。

一連の審査から感じたのは、技術面での深い質問に答えることはもちろん、ソリューション全体の辻褄が合っているかの論理付けと、その根拠となるデータをそろえて審査に挑む必要があるということだ

こうして万全を期してプレゼンに臨んでも、伝統や文化、生活習慣が異なる審査員たちからは、思いがけない質問が飛び出てくる。その際、どれだけ落ち着いて対応ができるかだが、場馴れも必要だ。その意味でも、マイクロソフトが実施した2カ月間のトレーニングの効果は、十分発揮されていたのではないだろうか。とにかくCLFSの3人は、第1ラウンド、第2ラウンドを通じて、落ち着いて審査員の質問に対応していたのだ。

20分間の審査は終了。3人はとにかく力を出し切った様子だった。夕刻より行われる発表でベスト6に入れば、いよいよ決勝である。

組み込み開発部門の優秀賞チームに贈られるチャンピオンベルト。今年も手にすることはできなかった

しかし、CLFSの名が呼ばれることはなかった。決勝に進んだ韓国、ロシア、イギリス、フランス、台湾、ルーマニアの6チームとの差は何だったのか。会場では決勝進出の6チームに笑顔で拍手を贈っていた彼らだが、やはり本音は3人とも「悔しい」という思いだったそうだ。決勝進出組のファイナルプレゼンテーション後に行なったCLFSと松林氏へのインタビューは、別記事で取り上げる予定だ。

ポーランド大会を通じて3人は積極的に発言するようになり、また、自信を持った表情になっていく様子が伺えた。「悔しい」思いはきっと次への糧になるだろう