全世界に83店舗を展開するマイクロソフトの実店舗「マイクロソフトストア」が閉鎖されることになりました。マイクロソフトは自社製品を販売するオンラインストアを展開していますが、ノートPC「Surface」やゲーム機「Xbox」を実際に試すことのできる店舗も広げていたのです。

  • ロンドンのマイクロソフトストア

日本には店舗が無いため「マイクロソフトのお店って、あったんだ?」という印象でしょう。海外ではニューヨークの五番街など、立地条件のいいところに店を出していたのです。店舗によってはApple Storeの直近に店を構えるなど、Appleへの対抗心も意識していました。マイクロソフトは今後ニューヨークやロンドンなど4カ所に体験スペースを開く予定ですが、製品を販売する小売店からは撤退します。

一方、ファーウェイは6月24日に上海に世界最大規模を謳うフラッグシップストアを開業しました。敷地面積は5,000平方メートル、製品販売だけではなく1日60以上の無料セミナーを提供するなど、製品の紹介を超えた新しいユーザー体験を提供する場となります。ファーウェイはすでに深センにもフラッグシップストアを構えており、製品販売と体験スペースを兼ねた新しいスタイルの店舗を今後も広げていくと言います。

  • 世界最大という上海に開業したファーウェイフラッグシップストア

新型コロナウイルスの影響により、消費者の消費マインドも大きく変わり始めています。外出せずにオンライン販売を利用し、人ごみを避けるために混雑した店への訪問を避ける、などです。テレワークが広がると都心に出る機会も減るため、買い物は地元で済ませるようになるでしょう。企業が大型の小売店を展開する意義も今後は不要になるかもしれません。マイクロソフトの動きは、時代の流れを察知し正しい方向を向いているようにも見えます。

しかし筆者が実際にロンドンやニューヨークを訪れてみると、来客数の少ないマイクロソフトストアに比べ、そばにあるApple Storeは常に人で混雑していました。この差はどこにあるのでしょうか。

Apple Storeは「iPhone」「iPad」「Apple Watch」という主力製品を多数並べており、製品そのものに大きな魅力を感じさせてくれます。さらにそれらの製品を使った無料セミナーを定期的に開催しています。iPhone用のケーブルや教育用のアクセサリなどは自社製品以外にもサードパーティー品も提供。それらの製品は他の家電店でも購入できますが、Apple Storeで売っているものは「Appleのお墨付き」という安心感が得られます。

  • 各都市のApple Storeは常に来客で混雑している(香港の店舗)

Apple Storeに行けばスマートフォンの最新モデルが体験でき、さらにそれではできないことを補えるタブレットやノートPC、スマートウォッチもある。家庭用にはApple TVも提供されており、自分の生活が豊かになるな、という体験を得られるのです。

ファーウェイのフラッグシップストアも同様にユーザー体験を第一に提供しようとしています。上海のフラッグシップストアは1階に最新製品を並べるだけではなく、12のシチュエーションごとに製品を紹介しているとのこと。また2階はファーウェイ製品を使った応用体験コーナーとなっており、ヘルスケアやトラベルなど実生活に結びついたサービスを体験できるのです。店内には休憩する空間も多く用意されており、用事が無くともお店にきてもらう、そんな作りをしています。

  • ファーウェイはスマートウォッチと連動したフィットネス体験を提供

マイクロソフトも多数の自社製品に加え、Windowsを搭載する各社のノートPCの最新モデルを並べて来客を迎えてくれます。しかしノートPCは日用品ではなく仕事や学校で使うものであり、1年おきに買い替えるものでもありません。Windows Phone OSを搭載したスマートフォンの展示も行っていましたが、iPhoneやAndroidスマートフォンと肩を並べるほどの人気になるまえに市場から撤退してしまいました。

  • マイクロソフトストアにはGalaxyも置いているが、展示の中心にはない

日々使い、新製品が出ればすぐに買い換えたくなるスマートフォン展示は消費者を引き付ける大きな武器になります。現在はマイクロソフトのアプリを標準搭載しているサムスンの最新スマートフォンを展示しているものの、サムスンの最新製品を見たい人がマイクロソフトストアを訪問することはなく、サムスンの店舗へ行ってしまうでしょう。マイクロソフトとしてもGalaxyを店舗の一番の売りにはできません。

  • サムスンも独自に大規模店舗を世界各国で展開してる

マイクロソフトにはXboxという集客が期待できるゲーム機もあります。しかし店舗の中がPCとXboxという、ビジネスユーザーとエンタメユーザーという相反するユーザー向けの製品が同居した形になっています。PCを見に来た客がXboxを手に取ることはないでしょうし、Xboxのゲーム体験をしに来た子供たちがSurfaceに興味を持つことはありません。

Appleもファーウェイも、もはや店舗は新製品を販売する場ではなく、生活をどう豊かにするかというライフスタイルを提案する場になっています。製品はオンラインで買うこともできます。しかしお店に行けば新しい体験ができるはず、そう期待して人々はAppleやファーウェイのお店を訪問するわけです。

  • Appleやファーウェイはこれからのリビングルームの提案もできる

マイクロソフトの店舗はビジネスの効率化や新しいエンターテイメントの提案を行っています。しかし生活の中心となるキラー製品(つまりスマートフォン)を持っていないことから、外出を自粛する時代に来客を集めることは難しいのでしょう。

マイクロソフトは2つのディスプレイを畳める新世代のモバイルデバイス「Surface Neo」「Surface Duo」の発売を控えています。これらが出てくればマイクロソフトストアの目玉として来客を増やすこともできたかもしれないだけに、店舗閉鎖は残念です。

  • 折り畳みモバイルデバイスが出る前にマイクロソフトストアは閉鎖されてしまう

今後は「HoloLens」など、次世代技術を使った新しいユーザー体験を提供する場を展開していくのでしょう。その際には日本にも「マイクロソフト・エクスペリエンスストア」を展開してほしいものです。