東芝メモリが"キオクシア"に社名を変更

東芝が本体からメモリ半導体事業を完全に切り離す作業の最終段階として、東芝メモリが"東芝"の冠を外し、「キオクシア(KIOXIA)」に社名を2019年10月1日付けで変更する。

メモリ・デバイスのブランドとしての「記憶(キオク)」と価値を表すギリシャ語の「AXIA(アクシア)」をつなげた造語であるという。

社名変更という作業は非常に骨の折れる作業である。まず、名前の決定についてはお客に覚えられやすく、しかも独自性があるものを選ばなければならないし、世界中のどこかですでに使われているものではないか、などの事前の詳細なリサーチが必要になってくる。社内外に発信するもの全ての発行物の名前も変えなければならない。しかし、社名変更によって新たなスタートを切るという会社の決意を社内外に発信する重要なブランド活動でもある。

かつて、1980年代後半から1990年代にかけてDRAMを主力製品として世界最大級の半導体会社としてその存在感を誇った"東芝"ブランドから完全独立を図る大英断である。今後の活躍を期待したい。

シリコンバレーのブランド会社は大忙し

新しい企業が生まれては消え、企業買収が恒常的に継続されるシリコンバレーではこれらの会社、製品のブランド活動を請け負う会社がいくつかある。AMDを退職してこうしたブランド・コンサルタントを立ち上げて結構忙しくしている連中を何人か知っている。

AMD自体は社名を変えることはなかったが、新製品の発表は何度となく大々的にやった。社名については、創立当時の名前は「Advanced Micro Devices Inc.」であったが、私が入社したころにはマーケットでは頭文字をとったAMDがすでに定着していた。会社としての登記は変えずに、広告などに使う社名などは1990年の初めにフルネームでのAdvanced Micro Devices Inc.の表記はやめてAMDに統一したと記憶している。現在のAMDのWebサイトを見てもほとんどの表記がAMDとなっているが、著作権の持ち主などの表記では登記名のフルネームを使っている。

実は私は「日本AMD」としてブランドを日本で登録した作業に大きく関与している。「もともと"アドバンスト・マイクロ・デバイシーズ".などという社名は日本のお客には覚えてもらえないし、いっそのことAMDにしてしまったほうがいいのではないか」というごく単純な理由であったが、実際にやってみると結構骨が折れる作業であった。というのも本社がAMDに統一される前の話だったのでいろいろな承認手続きが必要であったからである。

社名、製品名の変更、新たな製品発表などはブランド活動の観点からいえば、将来にわたるビジネスの成長にかかわる最重要事項である。こうした戦略的な意味があるので、ブランドに関する諸計画と実施は慎重になされ、発表するまではかなり限られた人にしか共有されない。その発案から発表までには通常下記のような過程を経ることになる。

  • AMD

    AMDの1980年代後半の広告、社名がフルネームで記されている (著者所蔵イメージ)

  • 社名変更(あるいは新製品発表)を幹部が決定、具体的作業の開始を指示。
  • ブランド・コンサルタントを雇い、名前の案出しから正式発表までの全体のプランを作成。その対象はカスタマー、従業員、株主、競合など多岐にわたる。
  • ブランドの変更は大きな判断となるので、現ブランドに対する社員、カスタマーなどの意識調査なども並行して行われ、その結果は具体案の作成に反映される。しかし、意識調査の段階では決して「ブランドを変える」などの言及は絶対にされない。
  • 複数のブランドの具体案に絞り込むと、まずは限られたグループメンバーによってレヴューの段階に進む。ここでは主にマーケティング部が主導的に進めるが、法務部なども世界の著作権、商標などの問題に抵触しないかの調査も並行して進める。市場はグローバルだし、AMDの場合は米国本社主導なのでブランドの具体案もベースが英語になり、発想もかなりアメリカ的になる。「どんな名称にするか」という問題は多分に主観的な要素を自然と内包している、だからと言ってあまりに主観的な判断を持ち込むと結局説得力のあるブランドとはならない。地域によっては文化的な理由などで反対を唱えるところも出てきて時には結構熱を帯びた議論になる。私にも懐かしい思い出がある。AMDの第7世代CPUのブランド名の最後に残った候補の1つとして「Mentum(メンタム)」というのがあった。本社のマーケティングは「Momentum(英語で勢いを意味する)」にかけて強力に押してきたが、私は「軟膏と同じ名前では日本では売れない」とがんとして反対した。結局「Athlete(アスリート:運動選手)」を想起させる「Athlon」に決定した。その後Athlonは大成功した。私的には本当にメンタムにならなくてよかったと思っている。
  • 絞り込みが終わると最終的にはCEO、取締役会の承認を経て、発表に向けた具体的な作業に入ることになる。社内、社外への発表のタイミングとメッセージの確定がされていよいよ発表となる。いわゆる「ローンチ(ロケットの発射にたとえられている)」である。

ブランド・コンサルタントはこれらのすべての手続きにかかわるので結構大変な仕事であるが、それなりの報酬を要求してくる。しかしローンチがうまくいけばすべてよしで、やはり結果がすべての世界である。シリコンバレーには将来のIntelやAMD、Apple、Googleを目指して会社の顔となるブランドに胸を膨らます起業家が毎日生まれている。彼らの熱い思いをサポートする強い味方がこうしたコンサルタントである。新しいブランドを立ち上げる客は常にいるので、シリコンバレーではかなりいい商売である。

ブランドの成功は継続性にある

Jim Collinsは名著「Built to Last」の中で「強いブランドの本質は継続性である」、と言ったが、これは真実だ。半導体のキープレーヤーのランキングを眺めていても老舗半導体メーカーが頑張っている。AMD、Intel、Qualcomm、Texas Instrumentsなど「昔の名前で出ています」的なブランドを見るとブランドの成功は不断の努力によってもたらされる継続性であるとつくづく感じる。

企業の継続性を確実なものとするためには、明確な企業理念とリーダーシップ、市場の変化に素早く対応するリスクをいとわない姿勢とスピード、顧客・市場重視の戦略、などといったかなりハードルの高い要件を常にクリアしていくことが要求される。キオクシアの真のブランド力が試される道は始まったばかりである。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

・連載「巨人Intelに挑め!」を含む吉川明日論の記事一覧へ