私が30年にわたる半導体業界での経験の中で見聞きした業界用語とそれにまつわる思い出を絡ませたコラムをしばらく続けている。これはあくまで外資系の半導体会社の日本法人での私の経験に限られた用語解釈であることを申し上げておきたい。今回は法律用語に関するものとして、「Patent Infringement(特許侵害)」と「Cross License(クロスライセンス)」を取り上げてみたい。なお、これらはあくまで外資系の半導体会社の日本法人での私の経験に限られた用語解釈であることを申し上げておきたい。

技術競争の背後にある法廷闘争

半導体デバイスはトランジスタの塊であるが、知財の塊でもある。特にマイクロプロセッサーは半導体技術に関する特許だけでなくコンピューター技術の特許も大変に多く使用している。その中には基本特許も多数あって特許紛争などの法律がらみの駆け引きは日常茶飯事である。私がAMDで過ごした1980年の中ごろから2000年の初頭まではAMDとIntelの熾烈な技術競争の歴史であったが、同時に度重なる法廷闘争の歴史でもあった。

幸か不幸か私は結局、特許・著作権・商標・独禁法などありとあらゆる法廷闘争を経験した。その中でも特許侵害はその代表的なものである。私が憶えている限りでもAMDはIntelから10回くらいにわたる訴訟を仕掛けられたが、その半数くらいは特許に関するものだった。

これらの度重なる訴訟で結局AMDは一度も負けなかった。特許侵害を戦い抜くコツの1つは一時流行ったドラマのセリフのように「やられたらやり返す」である。この条件となっているのが「クロスライセンス」である。半導体の老舗企業は新技術を編み出してはその技術を広めて市場自体を拡大するために企業間で非常に気前よく技術の交換を行った。「クロスライセンス」は平たく言えば、両社が必要とする技術を含んだ特許を交換し、持ち合いにすることである。交換しあった技術を土台にしてその上に新たな技術を考案する場合が多いので、時がたつと一旦交換し合った特許は後に「仕分け直し」することは非常に難しい。AMDに入社したての私は「特許侵害でIntelが提訴した」などというニュースを聞くと「これは大変なことになった」とうろたえたものであるが、本社のベテラン幹部は「また始めたか」と慌てる様子がなかった。

私が記憶する特許侵害訴訟の場合の成り行きは、

  • まず提訴の事実を作り、それをもとにPR活動をしかける
  • このPR活動のターゲットは相手側のデバイスを使用する顧客である
  • 訴訟が続く間はその製品には「グレー」な状態が続く

というのも訴訟に負けると裁判所からInjunction Order(出荷停止命令)が出る可能性があるからである。

  • 訴えられた側は法廷では「クロスライセンス」を武器に特許使用の正当性を主張する。しかし弁護士グループはこれと並行して「逆提訴」の準備をする
  • たいていの場合はどちらかがいくばくかの金額を支払って和解が成立するが、法廷闘争のスピードは技術革新のスピードよりはるかに遅いので、その時間の分だけ仕掛けられた側のマーケティングはやりにくくなる、もちろん仕掛けた側は多額の弁護士・訴訟費用を覚悟しなければならない

AMDとIntelの間で特許侵害の訴訟が最も多かったのは、80386プロセッサーの時代になり、IntelがAMDへのセカンドソース契約を突然打ち切ってAMDがAm386を自社開発しなければならなくなった時だ。この時はIntelは執拗にいろいろな訴訟を繰り出してAMDの市場参入の阻止をしようとしたが、結局Am386はAMD再生のカギを握るチップとなった。

  • ジェリー・サンダース

    AMD復活の年となった1991年の業界誌の表紙を飾ったAMDのジェリー・サンダースCEO(当時)